2022/12/28

『すべての月、すべての年』

すべての月、すべての年 ルシア・ベルリン作品集

『すべての月、すべての年 ルシア・ベルリン作品集』
ルシア・ベルリン
岸本佐知子 訳
講談社

『掃除婦のための手引き書』のルシア・ベルリン短編集。
もともと43篇を収録した『A Manual for Cleaning Women』から選択されたのが先の『掃除婦のための手引き書』で、残り19篇が『すべての月、すべての年』として、日本では2冊に分けられて刊行された模様。
まあ、全部そのまま出版するには長いですからね。『掃除婦のための手引き書』のヒットを受けて残りも邦訳されたというところでしょうか。

『掃除婦のための手引き書』がそうであったように、短編集といってもそれぞれの話はどこかで重なっていたり、全部がルシア・ベルリンの人生を反映するものであったり。

ガンで余命一年と宣告された妹のサリー、自殺未遂を繰り返した母親あたりの話は『掃除婦のための手引き書』にも出てきたけれど、同じモチーフをまた別の視点で書いている。
主人公がアル中だったり、シングルマザーだったり、病院や学校で働いているのも彼女の人生からの引用だろう。

貧しかったり、人種差別をされていたり、病気を抱えていたり、孤独だったり、基本的に登場人物たちは過酷な人生を生きているのだけれど、ルシア・ベルリンのバイタリティなのか、どの話にも暗さがなく、諦めとも違う肯定感のようなものがある。これが人生であり、私はこうして生きてきたというような強さ。

もちろんすべてが実体験そのままではないだろうけれど、息子の友人と恋仲になってしまったり、旅先の漁師の家に転がり込んでしまったり、彼女ならさもやってそうだなという気がしてしまう。


2022/12/20

『北条政子』

北条政子 (文春文庫 な 2-55)

『北条政子』
永井路子
文春文庫

『鎌倉殿』ロスに供えて読み始めました。
1979年の大河ドラマ『草燃える』は、この『北条政子』(1969年刊行)と『炎環』(1964年刊行)が原作。

中学生の頃に一度読んでいるんですが、嵐の中、政子が頼朝の元へ走っていくのが冒頭と記憶していたらちょっと違いました。

そのほか、実朝が造らせた船が海辺で朽ちてゆき、泣き声が聞こえると人々が怯えるんですが、実は公暁と駒若がイチャつく声だったという場面が印象に残っています。
(竹宮惠子が少年愛というジャンルは確立していましたが、BLシーンはまだめずらしく、中学生だったので衝撃的でした。)

あとはほとんど覚えておらず、行き遅れの政子が「体をもてあます」とか、頼朝との逢瀬とか、あー、そうかこのへんが苦手で、その後、時代小説へと向かわなかったんだと思い出しました。
(時代小説ってなぜお色気場面がお約束なの?)

全体的に政子は気が強いけれど、悪女ではなく、時代の中で政治に巻き込まれてしまった孤独な女性として描かれています。
比企討伐が息子頼家を若狭局に取られた政子の嫉妬を契機としているように、女を強調しすぎてる感はありますが、書かれた時代的にはしょうがないのかも。

宗時兄にブラコン気味だったり、四郎義時は無口で愛想がないと書かれていたり、『鎌倉殿』とのキャラクターの違いとか、事件をどう描くのか比較しながら読むのがおもしろかったです。
実朝暗殺の黒幕が三浦義村となっているのは当時としてはわりと斬新な解釈だったのではないでしょうか。

承久の乱の政子の演説ではなく、実朝暗殺までで終わっているので、政子の孤独が際立つラストだなと思います。

※追記
2023年1月27日、永井路子さんお亡くなりになったと報道がありました。
『北条政子』が『草燃える』がなかったら『鎌倉殿の13人』はおそらくなかった。
あらためてすごい作家だったのだなと思います。

2022/12/08

『実朝の歌 金槐和歌集訳注』

実朝の歌―金槐和歌集訳注

『実朝の歌 金槐和歌集訳注』
今関敏子
青簡舎

『鎌倉殿の13人』第39話は同性愛を描いたことが話題になりましたが、私的には恋心や失恋を伝えることのできる和歌の表現力、実朝の和歌のすばらしさをわかりやすく描いたことがうまいなと思いました。
実朝の歌でおそらく一番有名なのは百人一首に選ばれている
世の中は常にもがもな渚漕ぐ
海人の小舟の綱手かなしも
だと思いますが、あらためて聞いてみると、日常のなにげない風景を見て、こんな穏やかな日々が続いてほしいと願う、素朴でいい歌だなと思います。(鎌倉殿である実朝が庶民の日常を見ているところも良いですね)
『金槐和歌集』に収録されているのは663首。この本では現代語訳と参考となる他の和歌が紹介されていて、これもおもしろいんですが、全部ちゃんと読んでいると時間がかかってなかなか進まないのと、元の和歌だけをそのまま読んだほうが素直に理解できる感じがしたので後半は和歌部分のみを読み進めました。
和歌の歴史はほとんどわかりませんが、実朝の和歌はおそらく万葉集とかに近い、素朴で力強いものが多い気がします。
四季を歌ったもののなかには、本歌取りというか、ほとんどパクりじゃないのみたいに後鳥羽院の影響を受けているものとか、(和歌ってそういうものらしいけれど)行ったことのない京とか吉野の地名が出てくる雅な感じのものもありますが、圧倒的に後半の「雑」に分類されている歌のほうが良い。
『鎌倉殿』では失恋の歌として使われていましたが
大海の磯もとどろに寄する波
破れて砕けて裂けて散るかも
とか、後半のリズムが波音のような激しさがあって力強いですよね。
800年前に書かれた歌が今も通じるって日本語ってすごい。ここらへんの時代の和歌をもう少し読んでみたい気持ちになりました。