『炎環』
永井路子
文春文庫
『鎌倉殿の13人』放映時にTwitterで紹介されていて気になっていた本。
世田谷の図書館には全集しかなかったのですが、こちらの図書館の棚には普通に文庫が置いてありました。
『悪禅師』全成
『黒雪賦』梶原景時
『いもうと』北条保子(『鎌倉殿』の実衣)
『覇樹』北条義時
鎌倉時代を舞台に4人それぞれを主人公にした短編集。
あとがきいわく
「この四編は、それぞれ長編の一章でもなく、独立した短編でもありません。一台の馬車につけられた数頭の馬が、思い思いの方向に車を引張ろうとするように、一人一人が主役のつもりでひしめきあい傷つけあううちに、いつの間にか流れが変えられてゆく──そうした歴史というものを描くための一つの試みとして、こんな形をとってみました。」
それぞれの短編が絡み合うわけでもなく、でもひとつでは成立しない、かといって四編読み終わっても完結した感じがしない。
そもそもこの主人公4人のセレクトが『鎌倉殿』を見た今なら「おー」と思うものの、なんとも地味。
源頼朝や義経ではなく全成。北条政子ではなく、保子、義時。
また全員が心の内が読みにくい人物で、男性陣は無口だし、保子はおしゃべりの裏で最後まで本心がわからない不気味さがあります。
頼朝の旗揚げから長い年月を静かな野心を持ちつつ、かなえられることなく死んでいく。
権力の頂点に立ったはずの義時ですら幸せそうにはみえない。
小説としては不完全燃焼のような気もするし、そこが良いという気もする。
「ふっと夜の底の音を探るような目をしてから」のような表現が心に残りました。
(『鎌倉殿』のベースがないと次々に起こる権力闘争についていけないんですが、歴史小説を読む人にはここらへんは当たり前なのか。)
『炎環』は1964年の作品で永井路子の最初の単行本。直木賞受賞作です。
『北条政子』が1969年なので、政子より先に保子が描かれているという。
大河ドラマ『草燃える』の放送が1979年。
景時の人物像などは『鎌倉殿』にも通じるものがある気がします。
解説を読んではじめて永井路子が川端康成の担当編集者だったことを知りました。
解説を書いている進藤純考も同じく川端康成の担当編集者だったそうですが、解説の文章が「彼女の小柄なからだに影落ちているつつましやかな知性が、豊かな気息をもって私に迫った。」とか、ただの編集者にしては巧みな、と思ったら文芸評論や随筆なども書かれてる方なんですね。それともこのレベルでないと川端康成の担当はつとまらないのか。
316
五郎が言ったとき、四郎は微笑を消し、ふっと夜の底の音を探るような目をしてから、
「ちょっと待て」
短く言った。