2023/01/29

『韓国文学の中心にあるもの』

韓国文学の中心にあるもの

『韓国文学の中心にあるもの』
斎藤真理子
イースト・プレス

『少年が来る』で光州事件についてあまりに知らなさすぎたので、こちらでお勉強を。
『82年生まれ、キム・ジヨン』が書かれる背景となった江南女性殺人事件、韓国におけるフェミニズム文学に始まり、セウォル号、IMF危機、光州事件、朝鮮戦争へ、韓国現代史を遡りながら文学との関わりを解説している。
著者の斎藤真理子さんは韓国文学を読む人なら知らない人はいない翻訳者で、日本における韓国文学ブーム立役者のひとり。ハン・ガンの文章の美しさは原文はもちろん翻訳の力も大きいのだと思う。本書でも、非常に重く、複雑な韓国の歴史を読みやすい文章で解説してくれている。
梨泰院の事件のときも感じたことだが、韓国で起こる事件は突発的なものではなく、そこに社会の矛盾だったり、歪みみたいなものが関係している。少なくとも韓国の人たちは何か事件が起きたとき、それを運の悪い人に起きた他人事とはとらえていない。
本書が時系列ではなく、遡る形で現代史を追っているのも象徴的で、現代の韓国は朝鮮戦争、さらに日本の占領時代から続く死者の蓄積の上に成り立っているという意識がどこかにある。韓国文学は直接に歴史を扱っていない作品でもそれを忘れていない。BTSが歌詞の中に光州事件を象徴する「518」を入れてくるように、現代の若者たちにとっても遠い昔の話ではないのだろう。
朝鮮戦争は日本の占領とは無関係ではありえないのに、朝鮮特需という後ろめたさもあり、日本はその後に続く韓国の困難な歴史から目を逸らしてきたという部分も納得。しかし、本当に私たちは隣の国に対して無関心すぎたのではないか。
韓国文学になぜ惹かれるのか、韓国文学のもつ力の源泉とは何かがよくわかる一冊です。
図書館で借りて読みましたが、ブックリストだけでも手元に欲しいので新たに購入しました。

2023/01/05

『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』

独ソ戦 絶滅戦争の惨禍 (岩波新書)

『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』
大木 毅
岩波新書

『戦争は女の顔をしていない』で独ソ戦についてあまりにも知らなすぎだったので、こちらを読んでみました。
2020年新書大賞。ウクライナ侵攻でも関連書として注目されました。
第二次世界大戦における私のソ連のイメージといえば、「ソ連の参戦前に決着をつけたかったアメリカが日本に対し原爆をもちいた」という部分ぐらいしか知らず、終結直前に参戦したもののように考えていました。(この場合の「参戦」は対日本の太平洋戦線ということですよね。)
ヨーロッパ戦線においてもパリやベルリンを解放したのはアメリカを中心とする連合国軍みたいに思っていました。
ドイツの「世界観戦争」、ソ連の「作戦術」はこの本の肝となる部分ですが、前提となる私の知識が貧弱すぎてよく理解できず。
『戦争は女の顔をしていない』で女性たちが自ら進んで従軍したいったあたりの熱意、最初の頃には軍備もなにもかもが足りなかったという話、食糧不足による深刻な飢え、パルチザンあたりの背景はざっと理解できました。
『悪童日記』(ハンガリーが舞台)では、占領しているドイツ兵、解放するパルチザン、どちらが悪でどちらが善かわからないんですが、このときの歴史的状況というのもやっとなんとなく理解。
ドイツにしてもソ連にしても、これほど大規模な戦争を戦う軍事力も政治力も持ちあわせていないままに戦争に突入し、泥沼化していったということ。
スターリングラード攻防戦、両軍が戦地で行なった蛮行などはさすがに聞いたことがありましたが、こちらも背景をやっと理解したというところでしょうか。
ウクライナ侵攻がもうすぐ一年になるので、まだ戦争は過去の話ではないという気がします。

2023/01/02

『シンプルな情熱』

シンプルな情熱 (Hayakawa Novels)

『シンプルな情熱』
アニー・エルノー
堀 茂樹 訳
早川書房

先ごろノーベル文学賞を受賞したアニー・エルノーの1992年の作品。断捨離していたら出てきました。1993年の初版本。
妻帯者である男性との恋を文字通りシンプルにかつ情熱的につづった小説というよりエッセイや独白に近い作品。
たしか女性誌かなんかで紹介されていて買ったんだと記憶。表紙の写真や、帯に「翻訳権独占🖤早川書房」とハートマークが入っているあたり、扇情的に売っていこうとする感じがあります。
当時は初邦訳本だったのでアニー・エルノーという作家についてはまったく知らず、ましてや30年後にノーベル文学作家になるとは思いませんでしたが、知性も社会的地位もある女性がほとんど盲目的に、愚かといってもいいほどの情熱で恋をしていることを率直に書いていることに驚きました。
彼を待つためだけに服を選び、テーブルの準備をし、成人している息子たちには恋人がくるときは家に来ないように言うあたりをなんとなく覚えていました。
当時、著者は30代くらいだと思っていたんですが、告白どおりだとすると、彼女が恋愛をしていた時期は51歳。相手の男性は37歳。さすがフランス女性。妻帯者との恋なのに、本人も相手もそれほど罪悪感がなさそうなのもお国柄でしょうか。
女性誌を開けば星占いを見てしまったり、海外に行っても男に絵葉書を送ることだけを考えてしまうという恋。やってることは若い女の子のようですが、さすがにインテリなのでそんな自分を客観的に見つめて冷静に分析している文体はどこまでも知的。
どちらかというと彼と別れたあと、忘れようと苦しい日々を送っている後半に昔の私は共感したことを思い出しました。