2022/11/09

『戦争は女の顔をしていない』

戦争は女の顔をしていない (岩波現代文庫)

『戦争は女の顔をしていない』
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ
三浦みどり 訳
岩波現代文庫

2019年にコミック版が出たことと、ウクライナ戦争によって話題になりました。
原作は1985年に出版されたノンフィクション。第二次世界大戦中に従軍したソ連の女性たちの記録。
インタビューをしたのが1978年からとなっているので、戦後30年が経っている。さらにペレストロイカを経て、出版当時削除した部分などが2004年版で追加されている。
戦後長い時間が経っていることや、「話すのが怖い」こともあり、女性たちはすべてを正直に語っているわけではない。出征前に見た花とか、戦後に買ったワンピースなど、一見戦地とは無関係の話も多い。そういった話の上澄みから底にあるものの語られなかった存在が感じられる。
著者が「一つとして同じ話がない。どの人にもその人の声があり、それが合唱となる。」というように、いくつもの話から戦争をとおして生きること、死ぬこと、その人の人生が見えてくるような感じ。
「私がどういうふうに銃を撃ったかは話せるわ。でも、どんなふうに泣いたかってことは、だめね。それは言葉にはならないわ。」
「自分で話し始めても、やはり、事実ほど恐ろしくないし、あれほど美しくない。」
第二次世界大戦のソ連について、私は本当に無知で、作中のフランス人が言うように「多くの人がヒットラーに勝ったのはアメリカだと、そう思っています。」に近い。
16歳の女の子たちが自ら進んで出征したこと、故郷に残った人たちの多くが餓死で死んでいったこと、解放されたドイツ領地でソ連軍がしたこと、帰ってきた女性たちが白い目で見られ結婚もままならなったこと、捕虜になった人たちが戦後収容所に送られたこと。
訳者あとがきに『チェチェン やめられない戦争』の原本を著者が送ってくれたことが書かれていますが、『チェチェン やめられない戦争』の著者アンナ・ポリトコフスカヤは2006年に暗殺されています。
訳者の三浦みどりさんは2012年に病死。
2015年にアレクシエーヴィチがノーベル文学賞を受賞したことで、群像社から出ていた単行本が2016年に岩波現代文庫として刊行。
文庫版の澤地久枝さんの解説に中村哲医師の名前が出てきますが、2019年にアフガニスタンで銃撃により死去しています。
著者のアレクシエーヴィチはウクライナ生まれ、ベラルーシ出身。長い間、ベラルーシでは彼女の本は出版禁止となっていたそうです。
こういった経緯だけみても戦争はまだ続いている気がします。
原題は『WAR’S UNWOMANLY FACE』。どなたがつけたのかわかりませんが、邦題『戦争は女の顔をしていない』がすばらしいです。

以下、引用。

40
わたしが憶えているだけでも、歴史は三回書き換えられました。わたしは三つの異なる歴史の教科書で教えてきたのです。

61
戦争はどれだけ続いたか? 四年間よ。とても長かった……。でも小鳥一羽、花一つ憶えてないわ。もちろん鳥はいたし花もあったんだろうけど、憶えていない。そう、そう。不思議よね。でも、戦争の映画で色つきなんてありうる? 戦争はなんでも真っ黒よ。血だけが別の色……血だけが赤いの……

97
自然の美しさは人々の身に起きてしまった事態とはっきりしたコントラストを見せていました。太陽がまぶしかった……ヒナギクが咲いていました。私の大好きなその花が野原一面咲き乱れてました……

101
「ユダヤ人には次のことを禁ずる──歩道を歩くこと、美容院へ行くこと。店で何かを買うこと、笑うこと、泣くこと」

117
「幸せって何か」と訊かれるんですか? 私はこう答えるの。殺された人ばっかりが横たわっている中に生きている人が見つかること……

120
亡くなった者たちがあたしのところにやってくる、夢の中で。死人たちが……あたしが殺してしまった人たちが……。
あたしは一生懸命に目をいっぱいに開いて探す、もしかしてまだ死んでいない負傷者がいるんじゃないかしら? 重症でもいい、救える人が。どう言っていいか分かりません、でも、みな死んでました……

144
死人は生きている人よりずっと重い。そういうことがまもなく分かったの。

169
多くの人がヒットラーに勝ったのはアメリカだと、そう思っています。ソ連の人たちがこの勝利のために払った犠牲、四年間で二千万人という犠牲はあまり知られていません。

182
男たちは戦争に勝ち、英雄になり、理想の花婿になった。でも女たちに向けられる眼は全く違っていた。

185
神様が人間を作ったのは人間が銃を撃つためじゃない、愛するためよ。どう思う?

199
人間は死んで行きながらも、やはり自分が死ぬということが信じられないんです、自分が死ぬって思わない。

222
戦争で人間は心が老いていきます。戦後、私はもう決して若い娘に戻れませんでした。

223
戦争はこれまでもそうだったように、この先もずっと人間の本質に触れるもっとも主要なもののひとつなのかもしれない。そして今もそうなのかもしれない。何も変わっていない。私は大きな物語を一人の人間の大きさで考えようとしている。

311
私がどういうふうに銃を撃ったかは話せるわ。でも、どんなふうに泣いたかってことは、だめね。それは言葉にはならないわ。一つだけ分かっているのは、戦争で人間はものすごく怖いものに、理解できないものになるってこと。それをどうやって理解するっていうの?

312
自分で話し始めても、やはり、事実ほど恐ろしくないし、あれほど美しくない。戦時中どんなに美しい朝があったかご存知? 戦闘が始まる前……これが見納めかもしれないと思った朝。大地がそれは美しいの、空気も……太陽も……

353
ひとつだけ憶えているのは家を出て戦争に行く時、振り返ってみると果樹園のサクラの花が咲いていたこと。多分、戦争中も花が咲いたのだろうけれど、それはまったく憶えていません。

358
私たちの恋って、明日はない、今があるだけ。誰もが、いま愛している相手が一分後に死んでしまうかもしれないことを知っていた。

戦争では何でも速い。生きていることも、死ぬことも。あのニ、三年で一生を生きてしまった気がする。

399
血は水じゃないからね、こぼしちゃもったいない、でも毎日毎日流されてる。テレビで見てるよ……

450
私はもうドイツ音楽が聴けなくなりました。私がバッハをまた聴けるようになるまで、モーツァルトも弾くようになるまで長い年月がかかりました。

470
一つとして同じ話がない。どの人にもその人の声があり、それが合唱となる。人間の生涯と同じ長さの本を書いているのだ、と私は得心する。

487
その時チェチェン取材で信頼できるのはポリトコフスカヤという女性だと教えてくれて、その後、『チェチェン やめられない戦争』の原本を送ってくれた。

495
アフガニスタンには、水路を作った中村哲医師が単身ふみとどまっているが、日本の政治は、中村医師の命がけの事業を顧慮することなく、旧ソ連と米軍の前轍からなにも学ぼうとしていない。


0 件のコメント:

コメントを投稿