2024/01/22

『図説 大連都市物語』

図説 大連都市物語 (ふくろうの本)

『図説 大連都市物語』
西沢泰彦
河出書房新社

『井上ひさしの大連』でみた大連の建物が素敵だったので、「都市基盤施設や建築に焦点をあてて、大連の歴史を論じた」こちらを読んでみました。
帝政ロシアのダーリニー時代から大連まで、港、鉄道、ガス・電気・水道のインフラ、道路、公園と街がつくられていく歴史がおもしろかったです。
アール・ヌーヴォー様式などをとりいれた帝政ロシアにならい、日本占領下でも法律によってレンガ造や石造に建物を限定、洒落た洋風建築が並ぶ街並みは意図的につくられたものだったのですね。
ショッピング・モール連鎖街が「ヨーロッパ市街と中国市街の境界として残されていた空白地帯を埋めるべく建設された」というのもおもしろい。
この本の出版が1999年なのでその頃はまだ昔の建物も現役で使われていたようです。
現在では高層ビルに埋もれるようにいくつかの建物が残っている様子。
港町としての重要性もあり、日本もソ連も無血入城しており、都市が破壊されることがなかったため景観が保たれているのかと思います。
1930年頃の大連はヨーロッパ的な美しい都市だったのではないでしょうか。


2024/01/20

『北風のうしろの国』

北風のうしろの国(上) (岩波少年文庫) 北風のうしろの国(下) (岩波少年文庫)

『北風のうしろの国』
ジョージ・マクドナルド
脇明子 訳
岩波少年文庫

今年の目標のひとつとして放置していた「岩波少年文庫を読む」を再開しようというのがありまして、手始めに冬っぽいタイトルのこちらを選んでみました。

まずタイトルが素敵です。原題は『At the Back of the North Wind』、1871年の作品。
コバルト文庫に小林弘利『星空のむこうの国』というのがありますが、あきらかに本作に影響を受けたものでしょう。

「北風のうしろの国」を旅するファンタジーかと思いきや、ファンタジーというよりはSF?宗教?のような設定もあり、「北風のうしろの国」がでてくるのはダイヤモンド少年が語る一部のみ、ストーリーの大半はロンドンで暮らす少年一家の物語で、これも雇い主が破産したり、ロンドンの貧しい子どもたちの話になったりとあっちにいったりこっちにいったり。

解説によると、1868年から69年にかけて『Good Words for the Young』という雑誌に長期連載されたもので「しっかりとした構想のもとに書かれたとは言い難い部分もあります」とのことです。

ダイヤモンド少年が文字通り天使のような純粋無垢さでいい子すぎるし(解説にもありますが『みどりのゆび』のチト少年っぽい)、道徳的で説教臭い話もある一方で、全体的に哲学的で難しかったです。
岩波少年文庫は小学生向けと中学生向けで番号がわかれていますが、こちらは「小学5・6年以上」となっていました。
おそらく死のメタファーである北風、そして天国である「北風のうしろの国」。でもこうやってまとめちゃうとつまんないんだよなー。

「どうしてそれがわかるの?」
「あんたのほうこそ、自分にはどうすればわかるんだろう、ってたずねなさいよ。」
「いま教えてもらったから、わかったよ。」
「そうね。でも、教えてもらってわかった気になっても、わかったことにはならないでしょ?」
(上巻100ページ)

「これ、すてきじゃない、母さん?」と、ダイヤモンドは言った。
「ええ、きれいね」と、母さんは答えた。
「何か意味があると思うんだけど」と、ダイヤモンドは言った。
「母さんにわかるのは、さっぱりわからないってことだけよ」と、母さんが言った。
(下巻29ページ)

御者として馬小屋に住んでいるダイヤモンド一家、雇い主であるコールマンさん、泥濘を掃いてチップをもらっている少女ナニーなど、当時のロンドンの経済格差のある風景も示唆的に描かれています。

どうしてあたいは、泥んなかじゃなく、夕日のなかで暮らせないんだろう? どうして夕日は、いつだってあんなに遠いんだろう? どうして、あたいたちのおんぼろな通りには、全然来てくんないんだろう?
(下巻184ページ)

作中に出てくる『ヒノヒカリ姫』の物語は『かるいお姫さま』に少し似ているし、ダイヤモンドが「小さなお姫様とゴブリンの王子のお話」を読んでいたりするんですが、出版順としては
『かるいお姫さま』(The Light Princess, 1864)
『北風のうしろの国』(At the Back of the North Wind, 1871)
『お姫様とゴブリンの物語』(The Princess and the Goblin, 1873)
となります。

本作執筆中にマクドナルド一家が住んでいてダイヤモンド一家のモデルにしたと思われる「かくれが(The Retreat)」はその後、ウィリアム・モリスが購入し、現在は「ケルムスコット・ハウス」として公開されているそうです。先日、『アーツ・アンド・クラフツとデザイン』展を見たばかりなのでこのつながりにびっくり。


2024/01/13

『華の下にて』

新・浅見光彦シリーズ『華の下にて』
2018年作品。

作品によっていろんな顔を見せてくれる高橋和也さんですが、私的には『白鍵と黒鍵の間に』の上映会や『連鎖街のひとびと』のトークショーなどで穏やかに話す姿がとてもいいなと思うんですよね。これがナチュラルな素顔なのか、それとも猫をかぶっているのか。

そこで穏やかバージョンが見られる出演作として教えてもらったのがこの『華の下にて』。華道の家元をめぐる殺人事件ということで新春ぽいかなと。今年初高橋和也。

華道の次期家元役とは聞いていたんですが、和装のみならず秘め事シーンや歌唱シーンまで見られるとは! 
終始穏やかに丁寧に会話してますが、背負ってる猫が大きすぎて辛そうな人生だなあ。
見送りに出てきたお母さんを見つめ返す顔が単純にこれまでの感謝ではなく、悲しそうにも見えるところがうまい。

浅見光彦シリーズは妹が好きだったので水谷豊や辰巳琢郎版をいくつか見てますが、平岡祐太さんも育ちのいい坊ちゃん感が良いですね。

「実はお兄さんが…」シーンもちゃんとあると思ったら浅見陽一郎役は石丸幹二さん。共演シーンこそなかったものの『ルーズヴェルト・ゲーム』総務部チームじゃないですか。

鎌倉を中心としたロケ地も美しく、鳥居は見たことあると思ったら、畠山重保の墓の横にある一の鳥居でした。ああ、鎌倉殿。

今年もゆっくりではありますが高橋和也出演作、追いかけていきたいと思います。 

2024/01/10

『アンの愛情』

アンの愛情 (文春文庫―L・M・モンゴメリの本)

『アンの愛情』
モンゴメリ
松本侑子 新訳
文春文庫

松本侑子新訳版アンシリーズ第3巻。
原題は『Anne of the Island』。1915年の作品。

アンがアヴォンリーを離れ、カナダ本島のレッドモンド大学で過ごす4年間の物語。
アンのモテ期到来。4年間で5人に求婚されます。恋バナも多くて、シリーズの中ではいちばんキャピキャピしたストーリーではないでしょうか。第2巻よりこちらのほうが『アンの青春』のタイトルにあっている気がして、昔からあれ、どっちがどっちで、順番はどちらが先?と混乱します。
私もレッドモンド大学に通って、パティの家に住んで、墓地や海岸公園を散策したい!と憧れました。

解説によるとモンゴメリはレッドモンド大学のモデルになったハリファックスのダルハウジー大学で講義を受けていますが、学費が続かず1年間しか通っていません。アンの4年間というのはモンゴメリ自身の願望なんですね。

解説ではキングスポートのモデルとなったハリファックスについて詳しくガイドされているのでGoogleマップで実在の墓地公園、海岸公園、ダルハウジー大学、パティの家があるスポフォード街のモデル、ヤング街などを聖地巡礼しながら読みました。Googleマップで見ても美しい港町です。

パティの家に一緒に住むのはクィーン学院の同級生だったプリシラ・グラント、ステラ・メイナードと、新しい友フィリッパ・ゴードン。
一方でアヴォンリー時代の同級生ダイアナとジェーン・アンドリューズは結婚、そしてルビー・ギリスは若くして亡くなります。だからということもあるのでしょうけれど、少女時代が永遠に去ってしまったことを嘆く場面がいくつか印象的でした。

「そしてアンは胸につぶやいた。あの懐かしく、愉快な日々に帰りたい。かつて人生は、希望と夢想からなる薔薇色のかすみのむこうに見えていた。そして今となっては、永遠に失われた名状しがたい何かをはらんでいた。それはいったいどこへ行ったのだろう──あの輝きと夢は。」

そのほかアヴォンリー周辺の町についても解説をもとにGoogleマップで距離を整理してみました。
(馬車の速度は天候などにもよるようで諸説ありますが時速10kmで計算。)

・アヴォンリー
キャベンディッシュがモデル

・カーモディ
スタンリーブリッジがモデル
キャベンディッシュから6.9km(車で6分、馬車で42分)
『赤毛のアン』の後半あたりに駅ができるが小さな駅。

・ブライト・リヴァー
ハンター・リヴァーがモデル
キャベンディッシュから16.4km(車で15分、馬車で1時間38分)
『赤毛のアン』でアンが降り立った駅。

・シャーロットタウン
キャベンディッシュから37km(車で36分、馬車で3時間42分)
クィーン学院があるプリンス・エドワード島の州都。

・キングスポート
ハリファクスがモデル
キャベンディッシュから250km
『アンの愛情』ではシャーロットタウンから船で向かって1日かかって到着。

こうやってみるとキャベンディッシュは本当に田舎なんですね。鉄道は1989年に廃線になってしまったそうです。いつかグリーンゲイブルズに行ってみたいと思っていましたがシャーロットタウンからはレンタカーやツアーを利用するほか交通手段がないようです。

「それに、都会を舞台にして、金持ち連中なんぞ、書くべきじゃなかったよ。やつらの何を知ってるんだ。なぜここアヴォンリーを舞台にしない……もちろん、地名は変えにゃならんよ。さもないと、レイチェル・リンドが、自分がヒロインだと思いかねないからな」



2024/01/05

『六十一歳、免許をとって山暮らし』

六十一歳、免許をとって山暮らし

『六十一歳、免許をとって山暮らし』
平野恵理子
亜紀書房

『五十八歳、山の家で猫と暮らす』に続く、平野恵理子さんの山暮らしエッセイ。
この第二弾のタイトルに勝手に親近感を抱いていましたが、免許をめぐるあれこれは本当に親近感。
やる気満々で問い合わせたら「今は学生の予約でいっぱいだから4月まで待て」と言われたとか、最初のうちはミラーを見る余裕なんてないから見るふりしているだけだったとか、若い人に「運転怖くないですか」と聞いたら「全然」と即答されたとか、今まで行った一番遠いところはディーラーだとか、ああ、よくわかる。
「どこかで自分が車を運転していることに、いまだに確信を持てていないようなところがある」というのも共感。
ローカルな地名がいっぱいでてきて、20号線から見える崖が「七里岩」だと初めて知りました。
あの高台を列車が走っているので、どこへ行くにも登りと下りが発生するんですが、韮崎を先端とする台地だったと地形図を見て納得。
こういうのって道路を意識するようになって初めて気がつくんですよね。
お節をきっちり手作りしたり、アバラが痛むのに書き初めをするほどお正月教に入信しているのは笑ってしまったが、恵理子さんは結構ちゃんと「ていねいな暮らし」をしている。ご本人にその気負いがないのか、「やってます」感があまりないのがいい。
小淵沢の山村でのひとり暮らしは楽なことではないはずなので、これくらいのマイペースがちょうどいいと思われる。
高原ホテルのヨゲンノトリ甘納豆や、高原スキー場のハーブ市は私も行ってみたい。