2023/06/26

『南仏プロヴァンスの昼下り』

南仏プロヴァンスの昼下り

『南仏プロヴァンスの昼下り』
ピーター・メイル
池 央耿 訳
河出書房新社

「プロヴァンス・エッセイ3部作」(と帯に書いてあった)3冊め。
『南仏プロヴァンスの12か月』が1989年。
そして『南仏プロヴァンスの昼下がり』が1999年。
8年ぶりなのは理由があり、前2作が引き起こしたプロヴァンスブームにより、プロヴァンスの観光地化が起こったと批判もされたという著者。それも一因だったかもしれないが仕事の都合でアメリカで4年間暮らし、プロヴァンスに戻ってきたところから今回の3作めが始まっている。
そういった事情もあるのか、移住してきた外国人という距離感がちょうどよかった前2作に比べると、観光ガイド感が増しているというか、プロヴァンス紹介エッセイ感が強めでした。
原文のニュアンスがそうなのか読みにくい漢字が使われていたり訳もやや固め。
それでもフォアグラ、オリーヴオイル、トリュフにワイン、あいかわらず料理がおいしそうなのと料理に対するプロヴァンスの執念がおもしろい。
ロクシタンがプロヴァンス出身の企業だと今さら知りました。
「自分は永遠の観光客である」とか「大切なのは楽しく生きること」という著者の姿勢は見習いたい。


2023/06/15

『オリエント急行の殺人』

オリエント急行の殺人 ((ハヤカワ文庫―クリスティー文庫))

『オリエント急行の殺人』
アガサ クリスティー
山本 やよい 訳
ハヤカワ文庫

ポアロシリーズ8作目。1934年の作品。
私が最初に読んだアガサ・クリスティーはたぶん『オリエント急行の殺人』で中学生の頃だったと思います。ポアロの気取ったキャラクターが好きになれず、えんえんと乗客の証言が続く展開も退屈だった印象があります。
その後、翻訳違いを3、4冊くらい読んでいるでしょうか。今回は2011年の新訳にしてみました。
あらためて読んでみると、イギリス人の大佐、ロシア人の公爵夫人、ハンガリー人の外交官夫婦、イタリア人のセールスマンと国籍、身分とも様々な乗客たちが乗り合わせているところにこの作品のおもしろさがあるわけですが、中学生の私にはアメリカ人とイギリス人の区別もつかず、この国際色はわからなかっただろうなあと思います。
オリエント急行自体がイスタンブールからイタリアを経由してフランスへと向かう路線で、今回のシンプロン・オリエント急行が雪で立ち往生するのはベオグラードを出たあたり、ユーゴスラビアになります。警察がすぐに乗り込んでこない場所であるから成立する話でもあり、ここらへんも中学生の私にはわからなかった。
アームストロング誘拐事件は、リンドバーグ愛児誘拐事件をモデルにしてますが、1932年に起きた事件を1934年に小説にしてしまうなんて、なかなか不謹慎でもあります。
ちなみにリンドバーグの事件は犯人は逮捕、処刑されていますが、冤罪説やリンドバーグ関与説などもあって謎も多い事件なのだと今回あらためて知りました。
ポアロの台詞に出てくる決して現れないムッシュー・ハリスとは、ディケンズの『マーティン・チャズルウィット』のハリス夫人のことだそうです。
「幸先のいい名前だ」ポアロは言った。「わたしはディケンズを読んでいるのでね。ハリスか。だったら、たぶん現れないでしょう」
映画の印象で犯行場面があるような気がしてたんですが、実際にどのように殺人が行なわれたのかという描写はないんですね。乗客の証言とポアロの推理、オリエント急行という舞台だけで描かれる物語。
犯人ありきの作品でありますが、巻末で有栖川有栖が解説しているように「この作品は、ある程度ミステリに予備知識がある人間に対してこそ効果を発揮する」。
怪しい容疑者が何人も登場し、証言や証拠から彼らの嘘と真実を見極め誰が犯人かを推理する、ミステリの大前提をあっさりと覆してしまってるわけです。そこがアンフェアと言われるところでもあり、おもしろいところでもある。
アガサ・クリスティー作品全部に言えることですが、私にとっては犯人が誰であるかはあまり問題ではなく、今回も乗客たちのキャラクターを楽しみました。特にハバード夫人が何度も「うちの娘が言うには」と楽しそうにおしゃべりしている真実に気がつくと震撼しますね。