2023/06/15

『オリエント急行の殺人』

オリエント急行の殺人 ((ハヤカワ文庫―クリスティー文庫))

『オリエント急行の殺人』
アガサ クリスティー
山本 やよい 訳
ハヤカワ文庫

ポアロシリーズ8作目。1934年の作品。
私が最初に読んだアガサ・クリスティーはたぶん『オリエント急行の殺人』で中学生の頃だったと思います。ポアロの気取ったキャラクターが好きになれず、えんえんと乗客の証言が続く展開も退屈だった印象があります。
その後、翻訳違いを3、4冊くらい読んでいるでしょうか。今回は2011年の新訳にしてみました。
あらためて読んでみると、イギリス人の大佐、ロシア人の公爵夫人、ハンガリー人の外交官夫婦、イタリア人のセールスマンと国籍、身分とも様々な乗客たちが乗り合わせているところにこの作品のおもしろさがあるわけですが、中学生の私にはアメリカ人とイギリス人の区別もつかず、この国際色はわからなかっただろうなあと思います。
オリエント急行自体がイスタンブールからイタリアを経由してフランスへと向かう路線で、今回のシンプロン・オリエント急行が雪で立ち往生するのはベオグラードを出たあたり、ユーゴスラビアになります。警察がすぐに乗り込んでこない場所であるから成立する話でもあり、ここらへんも中学生の私にはわからなかった。
アームストロング誘拐事件は、リンドバーグ愛児誘拐事件をモデルにしてますが、1932年に起きた事件を1934年に小説にしてしまうなんて、なかなか不謹慎でもあります。
ちなみにリンドバーグの事件は犯人は逮捕、処刑されていますが、冤罪説やリンドバーグ関与説などもあって謎も多い事件なのだと今回あらためて知りました。
ポアロの台詞に出てくる決して現れないムッシュー・ハリスとは、ディケンズの『マーティン・チャズルウィット』のハリス夫人のことだそうです。
「幸先のいい名前だ」ポアロは言った。「わたしはディケンズを読んでいるのでね。ハリスか。だったら、たぶん現れないでしょう」
映画の印象で犯行場面があるような気がしてたんですが、実際にどのように殺人が行なわれたのかという描写はないんですね。乗客の証言とポアロの推理、オリエント急行という舞台だけで描かれる物語。
犯人ありきの作品でありますが、巻末で有栖川有栖が解説しているように「この作品は、ある程度ミステリに予備知識がある人間に対してこそ効果を発揮する」。
怪しい容疑者が何人も登場し、証言や証拠から彼らの嘘と真実を見極め誰が犯人かを推理する、ミステリの大前提をあっさりと覆してしまってるわけです。そこがアンフェアと言われるところでもあり、おもしろいところでもある。
アガサ・クリスティー作品全部に言えることですが、私にとっては犯人が誰であるかはあまり問題ではなく、今回も乗客たちのキャラクターを楽しみました。特にハバード夫人が何度も「うちの娘が言うには」と楽しそうにおしゃべりしている真実に気がつくと震撼しますね。

以下、引用。

5
一九三〇年代にロンドンからイスタンブール、さらにその先に列車で向かうことは現在とは比べものにならない危険を伴う冒険でありました。フランスから、イタリア、トリエステを経由して、バルカン諸国、ユーゴスラビア、イスタンブールまでのオリエント急行は、交通手段であるだけでなく、異文化との出会いの場でもあったのです。

旅は人生そのものであり、冒険だったのです。

28
イスタンブール着は六時五十五分の予定でしょ。そこから船でボスポラス海峡を渡って、九時に向こう岸の駅を出るシンプロン・オリエント急行に乗らなきゃいけないんですもの。

39
「イギリスの男性で」車掌は乗客リストに目を通した。「ムッシュー・ハリスとおっしゃる方です」
「幸先のいい名前だ」ポアロは言った。「わたしはディケンズを読んでいるのでね。ハリスか。だったら、たぶん現れないでしょう」

70
「それはそうと、ここはどこの国ですの?」ハバード夫人が涙声で尋ねた。
ユーゴスラビアだと教えられると、こう言った。
「まあ!バルカン諸国のひとつだったの。何も期待できそうにないわね」

71
「悟るというのは、冷静に物事を見つめるという意味でしょう? わたしの場合は、もう少し利己的なんです。役に立たない感情は捨てることを学んだのです」

118
「それにしたって、なにもオリエント急行のなかで殺されなくたっていいのに。ほかにいくらでも場所があるでしょうが」

279
「そうかもしれません、ムッシュー・ポアロ。しかし、誰だって、自分の国の女がいちばん好みに合うんじゃないでしょうか」

282
「献身──それはお金で買えるものではありません」

292
「ロング・ディスタンス? 長距離電話のことをおっしゃってるのね」
「あ、それそれ、お国のイギリスでは、ええと〝カバン電話〟と言うんでしたな」
メアリ・デブナムは思わず苦笑した。
「カバンじゃなくて、トランクよ。イギリス風に言うと、トランク・コール」

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