2025/12/31

『荷風の昭和 ≪前篇≫』

荷風の昭和 前篇 関東大震災から日米開戦まで (新潮選書)

『荷風の昭和 ≪前篇≫』
関東大震災から日米開戦まで
川本三郎
新潮選書

カフェの日本史から女給が気になり、女給を主人公にした永井荷風の『つゆのあとさき』を読んでみたところ、そこに書かれた昭和初期の銀座をはじめ、市ヶ谷、神楽坂など東京の描写が良かったので、ガイド本的にこちらを読んでみました。
荷風の日記『断腸亭日乗』と彼の作品をベースにたどる昭和史。
今年の小林秀雄賞を受賞。
前篇だけで500ページを超えてるので読み終えるのに時間がかかりましたが、めちゃくちゃおもしろいです。
たとえば、私も気になった『つゆのあとさき』で主人公・君江が数寄屋橋の朝日新聞社にあがるアドバルーンを見上げる場面。
アドバルーンが広告に使われるようになったのが大正時代で、朝日新聞社の建物が建てられたのが震災後の昭和二年。震災後に復興したモダン都市東京の風景だったことがよくわかります。
君江が住んでいる市ヶ谷本村町、銀座のカフェ、ここらへんも現在の地名や変遷が解説されていて、『つゆのあとさき』に書かれていた「市ヶ谷停車場」は外濠線という市電の駅だったことを知ったり。
荷風は実家が裕福だったこともあり、慶應の教授をちょっとしていた以外は定職を持たず、生活のために作家をしているわけでもないんですね。
9時頃に起きて、床のなかでショコラを飲み、クロワッサンを食べ、昨夜の読み残しの詩集を読む。隅田川あたりを散策し、銀座や神楽坂でビフテキを食べる。なんという高等遊民生活。
『日乗』に書かれた荒川放水路の散策が詳しく載っており、Googleマップで荷風の足取りを確認しながら読むと、当時の風景が再現されて、これもすごくおもしろい。隅田川あたりは一度歩いてみたいです。
荷風の中学の同級生だった外交官・佐分利氏が富士屋ホテルでピストル自殺した事件など、富士屋ホテルの洋館に泊まったことがあるんですけど、どの部屋だったんだろう。
左利きなのに右手にピストルを持ってるとか、遺書がなかったことから松本清張がこの自殺説に疑問をもってるのもおもしろい。
荷風は女性とまともに恋愛をする気がなく、芸者、私娼、女給と、その時々でビジネスライクに付き合ってきたのかと思っていたんですが、川本さんの解説によると、むしろ女性らしさ、そのものを愛し続けた人であったようにも思えます。
といっても、『日乗』の有名らしい「つれづれなるあまり余が帰朝以来馴染を重ねたる女を左に列挙すべし」という女性リストには笑ってしまうんですが。16名の名前が書かれていて「此他臨時のもの挙ぐるに遑あらず」。
昭和100年といいますが、100年で東京の風景はまったく変わったようでもあり、じつはあまり変わっていないようでもあり。
私も荷風のように東京を歩いて、消えていった昭和の面影を探してみたいです。

2025/12/19

『新編 日本の面影』

新編 日本の面影 (角川ソフィア文庫)

『新編 日本の面影』
ラフカディオ・ハーン
池田 雅之 訳
角川ソフィア文庫

岩波少年文庫『雪女 夏の日の夢』に載っていた随筆がとても良かったので、一度ちゃんと読んでみようと思っていたラフカディオ・ハーン。
朝ドラ『ばけばけ』が始まる前にと思っていたのに後追いになってしまいましたが、並走しながら読むと理解が深まります。

原本の『日本の面影』は27編あるそうですが、そこから11編を部分的に訳出したアンソロジーとのこと。
『雪女 夏の日の夢』でも読んでいますが、文章がとても美しいです。松江の朝の風景など、朝靄の描写が印象画のようです。
メモっていても一文がとても長いので、原文はもっと長く、形容詞の多用された難解な文章なんだろうと思われますが、読みやすいく訳されています。

『ばけばけ』視聴者的にいうと、
松江の朝を描いた場面、「水飴を買う幽霊」の話は『神々の国の首都』
「鳥取の蒲団」、「子捨ての話」は『日本海に沿って』に出てきます。

(「鳥取の蒲団」はここでは宿の女中さんから聞いた話となっていますが、八雲の息子さんの手記によると、セツ夫人から聞いた話で、セツ夫人は前夫からこの話を聞いたそうで、えっ、そこ史実だったんだ!という驚き。)

のちの『怪談』のように再話文学としてではなく、随筆の中に挟まれるように怪談が紹介されているのですが、ラフカディオ・ハーンにとって怪談は、日本人の宗教観、文化、精神を理解する上で大切なものだったんですね。

というか、神道や仏教に対する知識や理解が私のはるか上で驚きます。
鶯が「法華経」を唱えているなんて考えたことなかったよ。

(154ページ)
風変わりな迷信や、素朴な神話や、奇怪な呪術のずっと根底に、民族の魂ともいえる強力な精神がこんこんと脈打っているのである。日本人の本能も活力も直観も、それと共にあるのである。

おそらくセツ夫人と新婚時代に出雲や潜戸に行っているんですが、出雲はわかるとして、子供の幽霊の伝説がある場所に新婚旅行で行く夫婦……。ここドラマでもやってくれるのかな。

『日本の庭にて』は現在、小泉八雲旧居として公開されている武家屋敷(『ばけばけ』ではオープニングに出てきます)の庭の話。

(217ページ)
特に忘れてはならない大事なことは、日本庭園の美を理解するためには、石の美しさを理解しなければならないということだ。
石にもそれぞれに個性があり、石によって色調と明暗が異なることを、十分に感じ取れるようにならなくてはいけない。

『英語教師の日記から』には「日本の学校には懲罰というものが存在しない」と書かれてるんですがほんとかい? 日本の公立校は『クオレ』に似てるってほんとかい?
『教育勅語』公布の話なんかも出てきて興味深いです。

『さようなら』は松江を去るときの話。
小谷くんのモデルとなった大谷正信くんが中学校代表としてお別れの辞を述べています。
送別会でハーンは「天皇のために死にたい」という生徒の願いを「気高い望み」としつつ、「日本では命を犠牲にするようなことは起こらないだろう」と信じる、そんなときは「国のために死ぬのではなく、国のために生きてほしい」と語っているのも興味深いです。

全体的に日本を高く評価しすぎではないか(ハーンさん盛りすぎではないか)、と思わないでもないですが、西洋人だからこそ見える日本の美しさ、日本人の精神性が記録されていて、これを現代の日本は失ってしまったんだろうか、忘れてしまったんだろかと考えさせられます。

(261ページ)
出雲だけではない。日本国中から、昔ながらの安らぎと趣が消えてゆく運命(さだめ)のような気がする。ことのほか日本では、無常こそが物事の摂理とされ、変わりゆくものも、それを変わらしめたものも、変わる余地がない状態にまで変化し続けるのであろう。それを思えば、悔やんでも仕方のないことだ。


2025/11/11

『ポアロのクリスマス〔新訳版〕』

ポアロのクリスマス〔新訳版〕 (クリスティー文庫 エルキュール・ポアロ)

『ポアロのクリスマス〔新訳版〕』
アガサ・クリスティー
川副 智子 訳
ハヤカワ文庫

ポアロシリーズ17作め。1938年の作品。
クリスティー文庫のポアロシリーズは34作あるので、やっと半分です。
『ポアロのクリスマス』は2003年の村上啓夫訳を2年前に読んでますが、順番にしたがって新訳版も読んでみました。
細かいところまでは覚えてませんが、全体的にセリフがやわらかく読みやすくなっている印象です。

(村上訳)
「あなたは、大人の節度ある眼でそれを回想するかわりに、子供の判断でそれを見ようとなさるからですわ」

(川副訳)
「過去に起きたことを当時の少年の気持ちで判断してはだめ。もっと穏やかに、おとなの目で振り返らなくては」

さすがに犯人もトリックも覚えているので、伏線回収しながら読みましたが、いや、これ、犯人わからないでしょ。
森昌麿の解説に前作『死との約束』から「家庭内の不協和音」、「殺されねばならない存在」という要素が引き継がれつつ、中近東ではなく、英国のお屋敷に原点回帰している、とありましたが、これはなるほど。
「殺されねばならない存在」が殺されることによって「家庭内の不協和音」が解消され、ハッピーエンドになってるんですよね。

ミドルシャー州の警察本部長ジョンスン大佐は『三幕の殺人』からの再登場。思いっきり『三幕の殺人』の犯人がネタばらしされています。『もの言えぬ証人』など、ほかの作品でもありましたが、当時はアガサ・クリスティー作品を順番に読んでいて当然だったんでしょうか。

(134ページ)
「クリスマスには、善意の精神なるものがあります。それは、おっしゃるように、〝するべきこと〟なのでしょう。昔の仲たがいが修復され、かつて意見の合わなかった者同士が、一時的にせよ和解するべきなのでしょう」

「で、家族が、一年じゅう離ればなれでいた家族たちが、また一堂に会するわけです。そうした状況のもとでは、友よ、非常に強い緊張が生まれるということを認めなければなりません。もともと互いをよく思っていない者同士が、打ち解けているように見せなければならないというプレッシャーを自分にかけるわけですから! クリスマスにはとてつもなく大きな偽善が生まれます。」

(378ページ)
「このクリスマスは笑って過ごすつもりだったの! イギリスのクリスマスはとっても愉しいって、本で読んだから。焼きレーズンを食べたり、炎につつまれたプラム・プティングが出てきたり、薪に似せたユール・ログっていうケーキもあったりするのよね」


2025/10/28

甲州街道を歩こう! 府中

 前日に約3時間とがんばりすぎたので、本日はひかえめに駅前だけ回ります。

府中駅

1年弱ですが府中に通勤していたことがあります。
当時はこんな田舎と思っていたけれど、でっかいビルが立ち並ぶようになりました。
終業時間と同時に会社を出て新宿まで映画を見に行ったりしてたんですが、今では駅前にTOHOシネマズがあります。

府中駅から続くケヤキ並木。
道沿いにショッピングビルやカフェが並んでます。

大國魂神社


府中に通っていたころは名前こそ聞いていたものの、ちゃんと訪れたことがなかった気がする。高い木に囲まれた広い参道が気持ちよく、もったいないことしたなあと思う。
記念碑や慰霊碑や常夜灯やら参道に立ち並んでいます。

大国魂神社八朔相撲四百年記念碑
後ろにあるのは相撲場

軍艦多摩戦没者慰霊碑

忠魂碑

日露戦役記念碑

ふるさと歴史館



常夜燈

住吉神社・大鷲神社

「人形流し」なるものがあったので、これはやるでしょ。


流れるというより、そういう素材の紙なのか、水に溶けていきました。

万葉の歌碑

ケヤキ並木馬場寄進の碑

源義家像
源頼義、義家父子が奥州平定にあたり大國魂神社に戦勝を祈願、
平定後にケヤキの苗木千本を寄進したことが並木道の始まりだそうです。

神社から駅前を過ぎて続くケヤキ並木。



2025/10/27

甲州街道を歩こう! 調布〜府中 その3

常久一里塚跡
日本橋から7里(約27.5km)目の一里塚。
小島一里塚が日本橋から6里目の一里塚なので、ちょうど一里歩いたところ。
⁡ここにも武蔵府中郷土かるたが。

引き続き品川街道を歩く。
現在の甲州街道(20号)、旧甲州街道からさらに一本、奥に入ったところを通っている。
初期の甲州街道だそうです。

多摩村役場跡
この碑いるのか。

「やわたみち」
武蔵國府八幡宮へ向かう道なので「八幡道」と説明が書かれていたけど、
たどって行ったら八幡宮の裏手に出てしまった。



こちらが武蔵國府八幡宮への参道。
長い参道の途中に踏切があります。




新宿公園
府中なのに新宿?と思ったけど「しんしゅく」と読む。
新宿、番場町、本町の3町がかつての府中宿だそうです。

府中市観光情報センターで宿場印を購入して本日終了。
約3時間。よく歩きました。

甲州街道を歩こう! 調布〜府中 その2

 
飛田給薬師堂

行人塚


ガイドブックには載っていないので由緒はわかりませんが、
道端のお地蔵さんや塔が気になります。




広くてどこが本堂かよくわからなかった本願寺

かつての町名は「車返」。

車返の由来は「頼朝が藤原秀衡の念仏を鎌倉に移そうと、畠山重忠に命じて車に乗せたが、その車が動かなかったのでここに祀った」という鎌倉殿好きとしては見逃せない場所です。


「車返団地入口」という交差点名も萌える。

本願寺までは無駄に怖い雰囲気を発しているガード下を通ったり。


品川街道
このへんは旧甲州街道よりさらに古い初期の甲州街道になります。

西武多摩川線の白糸台駅近くの踏切。

「白糸台掩体壕」の看板が気になったので寄道します。

旧陸軍調布飛行場 白糸台掩体壕


戦時中に戦闘機を隠すために作られた格納施設だそうです。
写真ではわかりにくいですが飛行機の線が引かれています。
史跡として整備されていますが、半地下になっていることもあり、ここに飛行機が入っていたとは言われないとわからない。

染谷不動尊

重要文化財である阿弥陀如来像があるらしいけど、
ここに限らずいつでも公開されているわけではないので小堂を拝むだけ。

「武蔵府中郷土かるた」が気になる。
「ゆたかな姿のあみださま」

ここまで約2時間。
疲れてきたけどもうすぐ府中のはず。