2021/12/30

『アルバイトの誕生』

アルバイトの誕生: 学生と労働の社会史 (988;988) (平凡社新書 988)

『アルバイトの誕生 学生と労働の社会史』
岩田弘三
平凡社新書

今年ラストがこれでいいのかという感じですが、タイミング的にこれが読了しました。

戦前は苦学生のための「内職」と呼ばれたアルバイトが、学費や生活費のためではなく小遣い稼ぎのためのものになり、日常化していく変遷をデータから追う。

社会学者の書いたものなので、学生の経済状況や収入額、アルバイト時間、支出の内訳などデータを丁寧に追っているところは感心するものの、それだけでは見えてこない学生の本音や問題点への突っ込みは薄い。

私はデータでいうと、アルバイト収入額のピークとなる1992年あたりにまさに学生アルバイトだったわけであるのだが(学生支出における娯楽嗜好費もここらへんがピーク)、それはここで書かれているように遊びやファッションの出費のためだけではなかった。
当時友達と言っていたのは「学校、サークル、それとは別の場所としてのバイトがあって、それぞれが三角形を描くようになるといいね」ということだったと思う。経済的な理由というより、今でいうサードプレイス?ちょっと意味は違うけど。

最後のほうで出てくる「ブラックバイト」とか、バイトに正社員並みの責任を負わせる企業とか、モラトリアムとしてのアルバイトとかあたりがおもしろいポイントだと思うので、ここらへんもっと現場からの検証が欲しかったところ。

企業による「感情管理」の話が気になるけど、いつから「客に嫌な思いをさせられても笑顔で礼儀正しくすること」が職務として求められるようになったのかなあ。それって本当に仕事として必要なのかなとちょっと思ったり。

「上から目線」と言われているけど、「店員に対する敬意を忘れない」ためだけでも学生時代に接客バイトはやっておいたほうがよいと思う。


2021/12/18

『ジョゼと虎と魚たち』

ジョゼと虎と魚たち (角川文庫)

『ジョゼと虎と魚たち』
田辺聖子
角川文庫

「男の家に遊びに行って本棚に何の本があったら嫌か」という上から目線の話をしたことがあったのですが、そのときに「田辺聖子の本があったらちょっといいかも」という意見がありました。
田辺聖子は写真では人の良さそうな大阪のおばちゃんといった雰囲気ですが、小説を読むと相当な恋の上級者。実生活では友人が亡くなったあと、葬式で知り合った友人の旦那さんの後妻になっているので、そこらへんも上級者ぶりが感じられます。
ダメな男を許してしまうダメな女とか、恋愛のだらしないところを「しゃァないな」と受け入れてしまう感じがとてもよい。
六甲のホテルとか、瀬戸内海の海が見える別荘とか、京都の看板の出ていない料亭とか、舞台がずいぶん贅沢なのだが、それが嫌味にならず、「人生のおいしいものを知っている」人に見える。
表題作『ジョゼと虎と魚たち』は犬童一心監督の映画版が有名ですが、私はあまり好きではなく、これが田辺聖子原作?と思っていました。原作はやっぱりだいぶ違って二人のいびつな関係をそのまま描いています。(映画版だとこのいびつな関係にいろいろ理由をつけて「純愛」にしているところが落ちつかない。)
「あたまの悪い男や思いやりのない男に「すてきなセックス」ができるはずはないのだ。」という文章を読むと、やはり男性の本棚にひっそり田辺聖子が置いてあったらちょっといいかもと思う。


2021/12/11

『朗読者』

朗読者 (新潮文庫)

『朗読者』
ベルンハルト・シュリンク
松永美穂 訳
新潮文庫

少し軽めのものを読みたくなり、ネットで「海外文学おすすめ」ランキングを調べて手にとってみた一冊。
15歳の少年が36歳の女性ハンナと知り合い、彼は彼女のために物語を朗読する。ここまでだと少年の妄想のような話なのだが、後半はナチス時代の戦争犯罪をめぐる裁判へと移っていく。
15歳の少年と36歳の女性の恋愛はちょっとありえないような感じなのですが(それはもう恋愛というより児童虐待に近い)、映画版『愛を読むひと』ではハンナをケイト・ウィンスレットが演じており(この役でアカデミー賞を受賞)、彼女の肉感的でありながら、エロさというよりたくましさのある身体はこの関係にリアリティを感じさせてくれる気がします。
海外もののベストセラーにありがちな、チャラい感じを予想していましたが、予想以上に文章が美しく、少年の日の思い出、後悔、苦悩が真摯な文章でつづられていました。
ドイツが背負い続ける過去の負い目と、それを背負わされる次世代の葛藤も垣間見えます。
ただ、ナチスの戦争犯罪と責任という重い問題がなんとなく感動的な恋愛ものにキレイに収まってしまうのはいかがなものなのか。
小説ではときとして食べることが性的メタファーとして描かれるように、朗読もまたセクシャルな行為にも見える。
彼が読む物語が『戦争と平和』だったり、『オデュッセイア』だったりするのもまた。