2021/12/11

『朗読者』

朗読者 (新潮文庫)

『朗読者』
ベルンハルト・シュリンク
松永美穂 訳
新潮文庫

少し軽めのものを読みたくなり、ネットで「海外文学おすすめ」ランキングを調べて手にとってみた一冊。
15歳の少年が36歳の女性ハンナと知り合い、彼は彼女のために物語を朗読する。ここまでだと少年の妄想のような話なのだが、後半はナチス時代の戦争犯罪をめぐる裁判へと移っていく。
15歳の少年と36歳の女性の恋愛はちょっとありえないような感じなのですが(それはもう恋愛というより児童虐待に近い)、映画版『愛を読むひと』ではハンナをケイト・ウィンスレットが演じており(この役でアカデミー賞を受賞)、彼女の肉感的でありながら、エロさというよりたくましさのある身体はこの関係にリアリティを感じさせてくれる気がします。
海外もののベストセラーにありがちな、チャラい感じを予想していましたが、予想以上に文章が美しく、少年の日の思い出、後悔、苦悩が真摯な文章でつづられていました。
ドイツが背負い続ける過去の負い目と、それを背負わされる次世代の葛藤も垣間見えます。
ただ、ナチスの戦争犯罪と責任という重い問題がなんとなく感動的な恋愛ものにキレイに収まってしまうのはいかがなものなのか。
小説ではときとして食べることが性的メタファーとして描かれるように、朗読もまたセクシャルな行為にも見える。
彼が読む物語が『戦争と平和』だったり、『オデュッセイア』だったりするのもまた。


以下、引用。

友情も、恋愛も、別れも、何もかもが簡単だった。すべてが簡単に思え、すべてが軽かった。だから、思い出の量もこんなに小さいのかもしれない。
それはまるで、注射されて麻痺した腕を自分でつねってみるようなものだった。腕はつねられたことを自覚しないが、手の方はつねったことを自覚している。最初の瞬間には、脳をそれらの認識を区別することができない。
「ではあなたは、場所を作るために、『あんたとあんたとあんたは送り返されて死ぬのよ』と言ったわけですか?」
ハンナは、裁判長がその質問で何を訊こうとしているのか、理解できなかった。
「わたしは……わたしが言いたいのは……あなただったら何をしましたか?」
それはハンナの側からの真剣な問いだった。彼女はほかに何をすべきだったのか、何ができたのか、わからなかった。
「わたしたちは幸福について話しているんじゃなくて、自由と尊厳の話をしているんだよ。幼いときでさえ、君はその違いを知っていたんだ。ママがいつも正しいからといって、それが君の慰めになったわけじゃないんだよ」
ときおりぼくは、ナチズムの過去との対決というのは学生運動のほんとうの理由というよりも、むしろ世代間の葛藤の表現であって、それこそが学生運動の駆動力になっていたのだと思うことがある。
ぼくは当時『オデュッセイア』を再読していた。初めて読んだのはギムナジウムの生徒のときだったが、帰郷の物語としてずっと記憶にとどめていた。しかし、それは帰郷の話などではなかった。同じ流れに二度身を任せることができないと知っていたギリシャ人たちにとって、帰郷など信じられないことだった。オデュッセイアはとどまるためではなく、またあらためて出発するために戻ってくる。『オデュッセイア』はある運動の物語にほかならない。その運動には目的があると同時に無目的でもあり、成功すると同時に無駄でもある。


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