『すべての月、すべての年 ルシア・ベルリン作品集』
ルシア・ベルリン
岸本佐知子 訳
講談社
『掃除婦のための手引き書』のルシア・ベルリン短編集。
もともと43篇を収録した『A Manual for Cleaning Women』から選択されたのが先の『掃除婦のための手引き書』で、残り19篇が『すべての月、すべての年』として、日本では2冊に分けられて刊行された模様。
まあ、全部そのまま出版するには長いですからね。『掃除婦のための手引き書』のヒットを受けて残りも邦訳されたというところでしょうか。
『掃除婦のための手引き書』がそうであったように、短編集といってもそれぞれの話はどこかで重なっていたり、全部がルシア・ベルリンの人生を反映するものであったり。
ガンで余命一年と宣告された妹のサリー、自殺未遂を繰り返した母親あたりの話は『掃除婦のための手引き書』にも出てきたけれど、同じモチーフをまた別の視点で書いている。
主人公がアル中だったり、シングルマザーだったり、病院や学校で働いているのも彼女の人生からの引用だろう。
貧しかったり、人種差別をされていたり、病気を抱えていたり、孤独だったり、基本的に登場人物たちは過酷な人生を生きているのだけれど、ルシア・ベルリンのバイタリティなのか、どの話にも暗さがなく、諦めとも違う肯定感のようなものがある。これが人生であり、私はこうして生きてきたというような強さ。
もちろんすべてが実体験そのままではないだろうけれど、息子の友人と恋仲になってしまったり、旅先の漁師の家に転がり込んでしまったり、彼女ならさもやってそうだなという気がしてしまう。
以下、引用。
41
歴史のある学校はおしなべて、硬く静かな殻で子供たちを守るものだけれど、この学校にはそれだけではない何かがあった。
56
たぶん、わたしたちはみんな心がとても弱いのだ。
59
その後は『ジェシカおばさんの事件簿』を観る。
80
何年も病院で働いてきて一つわかったことがあるとすれば、それは容態の悪い患者ほど音をたてない、ということだ。
今ではわかる、ナースたちの無感動は病気にあらがうための武器なのだ。戦い、蹴散らすための。願わくば無視するための。患者の気まぐれをいちいち聞いてあげていたら、患者はますます病気でいることに安住する。これは真理だ。
155
互いに満ち足りている人たちは、怒りや退屈で煮えくり返っている人たちと同様に口数が少なくなるものだ。ちがうのは会話のリズムだ。片やのんびり続くテニスのラリーのよう、片やハエをぴしゃりと叩く一撃のよう。
199
いまジェーン・オースティンを読んでいる。室内楽のような文章、なのにすごく芯に迫ってて、それでいてユーモラスなの。
218
司祭さまが母親たちも祝福してくれればいいのに、とわたしは思った。彼女たちにもなにがしかの印をつけて、神のご加護を与えてくれればいいのに。
288
テレビで『バークレー牧場』を観ているときにジェシーが言った。「なあ、どうしよう。結婚する、それとも自殺する?」
333
たしかにトビーたちは、ときに結婚や家族を崩壊させる。でもそうならないとき、彼らは正反対の作用をもたらすように見える。彼らを家族にもつことで、人はそれまでそんなものがあることさえ知らなかった強さや、気高さや、よくも悪くもうんと深い感情を、自分や相手のなかに見つけるようになる。一つひとつの喜びはより甘美になり、使命感はより磐石になる。
0 件のコメント:
コメントを投稿