2025/06/27

『もの言えぬ証人』

もの言えぬ証人 (ハヤカワ文庫) 

『もの言えぬ証人』
アガサ・クリスティー
加島 祥造 訳
ハヤカワ文庫

ポアロシリーズ14作め。1937年の作品。
原題は『DUMB WITNESS』。

「もの言えぬ証人」とはおそらく犬のボブのこと。ワイア・ヘア・テリアのボブはヘイスティングズとも仲良し。この作品の献辞は、アガサ・クリスティーの愛犬(なのかな?)ピーターに捧げられています。

基本的にクリスティー文庫の新訳で読むというマイルールを設けていますが、1977年初版の加島祥造訳のまま変わってないようだったので、図書館で借りやすかった旧装丁版で。
真鍋博カバーのほうがやっぱりおしゃれ。下の方にボブくんも描かれています。

1977年訳だからなのか「服装の感覚が全然ない」となっているところは誤訳なのか、当時はファッションセンスという言葉が使われていなかったのか。

「小緑荘」は原文確認したら「Littlegreen House」でした。

ミニー・ロウスンは「家政婦」となっているけれど、メイドたちには馬鹿にされているので、原文確認してみたら「companion」となっていました。
日本には同じ職種がないのでわかりにくいですが、上流階級の婦人の「付き添い人」とか「話し相手」みたいな立場ですね。
『スタイルズ荘の怪事件』のイヴリン・ハワード、『葬儀を終えて』のギルクリストもコンパニオン。雑用係でもあるけれど友人でもある。

起承転結というよりはずっと承のまま、登場人物たちの話を聞いてまわっているうちに終わってしまうのですが、アガサ・クリスティなのでそれだけで十分おもしろい。
謎解きと解決方法だけ不完全燃焼感。

途中にこれまでの作品の犯人の名前が列挙されるポアロのセリフがあるんですが、これはOKなのか? 

登場人物では贅沢大好きなテリーザと、噂話大好きおばさまミス・ピーボデイがお気に入り。

189
「この人生をそのくらいのことで我慢してられないわ。あたしの欲しいものは最上のものだけ。最上の食物、最上の衣服、ただ流行を追って身体を蔽うといったものでなくて、なにか美しいものを表現した衣服。あたしは生きたいのよ。人生を楽しみたい。地中海沿岸に行って暖かい夏の海を楽しんだり、テーブルを囲んで、札束を積んでカード遊びをしたり、パーティを、思いきったぜいたくなパーティを開いたり、このいやな世の中のあらゆる楽しみを得たいわ。それもいつかというんじゃなく、今若いうちにほしいのよ」

324
「こんな田舎町で殺人があろうとは想像もしなかったね。ところで誰が犯人?」
「この大通りであなたに大きな声でそれを言えとおっしゃるんですか?」

「あたしとしちゃあ、タニオスを犯人にしてやりたいね。穴馬だ。しかし馬じゃないんだから望みどおりにゃいかないね。馬だってそううまくいかないんだからね。」

◆関連図書
もの言えぬ証人 ポアロ (ハヤカワ文庫)
『もの言えぬ証人』
アガサ・クリスティー
加島 祥造 訳
クリスティー文庫

2025/06/18

『カフェの世界史』

カフェの世界史 (SB新書)

『カフェの世界史』
増永菜生
SB新書

『アラビアンナイト』(岩波新書)の中に、ロンドンのコーヒーハウスやイスラムのチャイハネが文化の発信地として機能していたことが書かれていたので、そこらへんを知りたくて読んでみました。

ミラノ在住、イタリア史専門、カフェ巡りが趣味という著者が書いた本なので、世界史を軸にコーヒーやお菓子の歴史、各国(イタリア、パリなど、おもにヨーロッパ)のカフェ事情を紹介した内容で、カフェの文化史的なものが読みたかった私にはちょっと違うなあという感じでした。

日本の喫茶店だとコーヒーと紅茶はメニューに並んでるのが当たり前だけど、もともとお茶は中国や日本、アジアの文化発祥のもので、コーヒーはイスラム圏。それが大航海時代でヨーロッパに広まり、コーヒー豆も茶葉も植民地で生産された。そういう歴史を経て、現在のカフェがあるわけだよねというのはちょっと理解しました。

モロゾフの創業者はロシア革命の亡命者だったとか、ユーハイムの創業者は捕虜として日本に連れてこられたドイツ人だったとか、Bunkamuraのドゥ マゴ パリはパリの本店を模したものだったとか、ヴィクトリア&アルバート博物館のカフェ、ウェス・アンダーソンが手がけたカフェは行ってみたいとか、へえーというエピソードも多かったんですが、全体的にエピソード羅列して終わってしまってるのがなんとも。

カフェに対する愛を感じる「あとがき」がいちばん良かったと思います。


2025/06/10

『アンの夢の家』

アンの夢の家 (文春文庫)

『アンの夢の家』
モンゴメリ
松本 侑子 新訳
文春文庫

松本侑子訳アンシリーズ第5巻。
原題『Anne’s House of Dreams』。1917年の作品。
アンとギルバートの新婚時代。
訳者の松本侑子さんがアニメ『アン・シャーリー』に「アンはピンクの服は着ない。私に監修させて」とコメントしてちょっと話題になりましたね。
気持ちはわからなくもないですが、新しいものを作ろうとしている人たちをあまり困らせなくてもと思います。ちなみに私は絶賛されている高畑勲版も「私のイメージしているアンじゃない」と思ってます。みんなそれぞれ心にアンがいるのよ。
今回も100ページを超える注釈と解説がついていて圧巻です。
最大の功績は、今回の舞台フォー・ウィンズが現在のニュー・ロンドン湾がモデルだと解明していることでしょう。
モンゴメリは自分の両親が新婚時代を過ごした土地を、アンとギルバートの新婚の地にしているわけですね。これは胸熱。
巻頭に地図とケイプ・トライオン灯台、セント・ローレンス湾、砂州などの写真が掲載。
これによって初めて「フォー・ウィンズに長く伸びる砂州」の風景が具体的にイメージできました。
「内海」という訳には最後まで慣れませんでしたが、夢の家が町の中心からは馬車でぐるっと回るか、小船で渡るしかない人里離れた場所にあることがわかります。
レスリー・ムーアはアンシリーズのなかでも屈指の悲劇的美女でドラマチックな展開も大好きだったんですが、今回あらためて松本侑子訳で読んでみると、全体的にはすごく寂しさが漂います。
それは夢の家が人里離れた場所にあり、遠くまで出歩くことのできないアンと交流するのが、ジム船長、ミス・コーネリア、レスリーと限られた隣人だけであること、灯台と海が見える景色は美しいけれど孤独であること、全体を通して生と死が描かれていることがあるかと思います。

この物語で「フォー・ウィンズ湾に長く伸びる砂州」はあの世とこの世の境で、新しい生命は砂州を越えてやってきて、魂は砂州を越えて海の向こうへ帰っていくんですね。

フォー・ウィンズの風景描写は特に詩的で、子供の頃の私がこれを適当に読み飛ばした可能性はありますが、村岡花子訳で読んでいたときとはだいぶ夢の家のイメージが変わりました。

(82ページ)
荘厳にして穏やかな静けさが、あたりの陸と海と空に広がっていた。頭上には、銀色にきらりと光る鴎が高く飛んでいた。水平線には、レースにも似た儚い桃色の雲が浮かんでいた。静まりかえった大気には、風と波という吟遊詩人の囁きのくり返し(リフレーン)が糸のように織りこまれていた。内海の手前には秋模様のまき場にもやがかかり、薄紫のアスターの花々が風に揺れていた。

甘さよりも人生の辛さが感じられるアンとギルバートの新婚時代ですが、ギルバートが「アンお嬢さん」と呼んでいるのが新婚っぽいです。
英語でなんて言っているのか確認したら「Anne-girl」なんですね。
全文を確認したわけではないですが、村岡花子訳『アンの夢の家』ではこの呼び方は訳されていません。
『炉辺荘のアン』で母となり、もう若くないアンがジェラシーを抱いた時、ギルバートが再び「アンお嬢さん」と呼ぶんですが、これはギルバートにとってアンは新婚時代からずっと変わらないよという意味だったんですね!

「きみは、ぼくと一緒に、ちゃんとここにいてもらうよ、アンお嬢さん」