2022/03/19

『悪童日記』

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)

『悪童日記』
アゴタ・クリストフ
堀茂樹 訳
ハヤカワepi文庫

ウクライナ情勢に関連して東欧文学でも読んでみようと手に取ってみました。フランス語で書かれているけど、作者アゴタ・クリストフはハンガリー出身。

作品の歴史的背景については訳者による詳しい解説があるけれど、基本的にどこの国のいつの物語なのかは書かれていない。

おもしろいとは聞いていましたが、噂にたがわぬおもしろさ。双子の少年たちの倫理は独特で、窃盗、恐喝、殺人もいとわず、残酷なまでに冷静に人を裁く一方で、兎っ子や魔女とよばれる祖母に対してはとても親切。誰が正しくて誰が敵なのかもよくわからぬ状況の中、彼らは自分たちのルールで生きていく。

感情を排した書き方はクールというより、暗いはずの世界をユーモラスに描いていて、いろいろ恐ろしいことが起こっているのに、物語は終始明るい。

双子として書かれているけど、彼らは本当に2人なのか、残酷な天使のような少年たち。続編も気になります。


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以下、引用。

市場から帰ると、おばあちゃんは売れ残った野菜でスープを、果物でジャムを作る。昼食をとる。葡萄畑に昼寝をしに行く。一時間眠る。それから葡萄畑のめんどうを見るか、そこで何もすることがなければ家に戻る。薪を割る。ふたたび家畜に餌をやる。山羊の群れを連れ帰る。その乳をしぼる。森へ行き、茸と枯れ枝を採ってくる。チーズを作る。茸とインゲンを乾かす。そのほかの野菜をガラスびんに詰め、もう一度畑に水を撒き、いろいろなものを地下貯蔵庫に片づけ……そんなふうにして陽が沈むまで、おばあちゃんは働き続ける。

ぶたれると痛くて、泣いてしまう。
転ぶこと、擦り傷、切り傷、労働、寒さ、暑さ、どれもこれも苦痛のもとだ。
ぼくらは体を鍛えることを決意する。泣かずに痛みに耐えることができるようになるためだ。

作文の内容は真実でなければならない、というルールだ。ぼくらが記述するのは、あるがままの事物、ぼくらが見たこと、ぼくらが聞いたこと、ぼくらが実行したこと、でなければならない。
たとえば、「おばあちゃんは魔女に似ている」と書くことは禁じられている。しかし、「人びとはおばあちゃんを〈魔女〉と呼ぶ」と書くことは許されている。

「クルミの実が好きだ」という場合と、「おかあさんが好きだ」という場合では、「好き」の意味が異なる。
感情を定義する言葉は非常に漠然としている。その種の言葉の使用は避け、物象や人間や自分自身の描写、つまり事実の忠実な描写だけにとどめたほうがよい。

「乞食をするとどんな気がするかを知るためと、人びとの反応を観察するためなんです」

「そうじゃないよ、逆だよ、おばあちゃん。ぼくらは殺すのがいつも厭で、気が進まないんだ。でも、気が進まないからこそ、ぼくらは殺すことに慣れなきゃならないんだ」

「いや、あなたのせいだよ。あなたと、あなたの国のせいだよ。ぼくらを戦争に巻き込んだのは、あなた方じゃないか」

「いいえ、司祭さん。ぼくたちは戒めを守りはしません。第一、戒めを守っている人なんて、いやしませんよ。『汝、殺す勿れ』って書かれていますが、その実、誰もが殺すんです」

「万事休ス、モウ駄目。デモ、負ケル、死ヌヨリ、マシダ」

「この辞書にはもう用があるまい。きみたちは、また別の言語を学ばなくちゃならないだろうから」






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