2024/06/13

『やかまし村の春・夏・秋・冬』

やかまし村の春・夏・秋・冬 (岩波少年文庫 129)

『やかまし村の春・夏・秋・冬』
アストリッド・リンドグレーン
大塚勇三 訳
岩波少年文庫

『やかまし村』シリーズ、2冊目。
クリスマス、復活祭などのイベントはありますが、基本的には日常の物語。
なのになんでこんなに楽しいのか。

「平凡な毎日こそが幸せ」というよりは、リーサの視点が「平凡な毎日」をスペシャルにしてるんだと思うんですよね。
リーサとアンナのお買いもののドキドキ感よ。

なんで人間は鬼ごっこなんかするのか、牝牛には、きっとわからないでしょう。といって、よくかんがえてみると、わたしにも、なぜだかはわかりません。でも、なにしろ、鬼ごっこはおもしろいんです。
(69ページ)

ラッセとボッセとわたしは、どの卵も、赤や黃や緑にぬっておきました。色つきの卵って、とにかく感じがいいですから、卵にはいつも色をぬっとくといいとおもいます。
(92ページ)

スウェーデンの復活祭は魔女の扮装をするんだとか、ラストの方で語られる戦争から第二次対戦中スウェーデンは中立の立場を通したということを知りました。

屋根裏部屋にいると、とてもいい気もちでした。頭のうえの屋根には、雨がはげしい音をたててぶつかり、軒にある雨どいでは、水がザアザアながれる音がしました。その屋根裏にすわりこんで、カステラをたべて、そして、そとにでなくていいというのは、すてきでした。
(160ページ)

これって少し前に日本でも話題になった「ヒュッゲ」ですよね。(ヒュッゲはデンマーク語ですが。)外が嵐だからこそ満たされる安心感。
やかまし村は3軒しか家がないし、子どもも6人(プラス赤ちゃんひとり)しかいないので、普通に考えるとすごく寂しい村な気がするんですが、物語全体にただようのはこの安心感。
この場面はなんだか泣きそうになりました。

◆関連書籍
やかまし村の子どもたち (岩波少年文庫(128))
アストリッド・リンドグレーン
大塚勇三 訳
岩波少年文庫

◆以下、引用。

14
だいたい焼き終わったころ、わたしたちは、めいめいの、すこしずつのこったこね粉をまとめて、大きなかたまりにし、それで優勝クッキーをひとつつくりました。これは、まい年つくるんです。

その日の午後、クッキーをぜんぶ焼きあげてしまうと、わたしたちは、ひとつのびんにエンドウマメを三百二十二個いれ、やかまし村じゅうをねりあるきました。そして、びんのなかにエンドウマメがいくつあるかを、みんなにあてさせました。いちばんうまく数をあてた人が、優勝クッキーをもらうんです。

20
わたしたちは、クリスマス・ツリー用にとっておいた、赤いリンゴを、屋根裏からもってきて、木につるし、わたしたちの焼いた、ショウガ入りクッキーも、だいぶつかいました。わたしたちがおじいさんの部屋でつくった、紙のかごには、ほしブドウと木の実を入れて、枝にさげました。それから、なかに綿をつめた天使たちも、とりつけました。この天使たちは、おかあさんが子どもだったころにも、じぶんのクリスマス・ツリーにつけたものです。もちろん、わたしたちは、たくさんの旗や、ロウソクや、キャンディーもつけました。こうして準備ができあがったクリスマス・ツリーは、まったくきれいでした!

28
わたしは、ひとにクリスマス・プレゼントをあげて、よろこんでもらうのがすきです。それは、じぶんがプレゼントをもらうのとおなじくらい、たのしいんです。

49
わたしたちは、ロウソクをけして、窓のそばにいき、まっくらな夜のやみをながめました。新年がやってくるのが見えるかとおもったんです。でも、なにも見えませんでした。

69
なんで人間は鬼ごっこなんかするのか、牝牛には、きっとわからないでしょう。といって、よくかんがえてみると、わたしにも、なぜだかはわかりません。でも、なにしろ、鬼ごっこはおもしろいんです。

90
つぎの聖木曜日の夕がた、わたしたち子どもたちはみんな、復活祭の魔女に変装しました。

91
おとうさんは、うちの庭で、木の葉をもしていました。そして、わたしたち、復活祭の魔女はみんな、火のまわりをはねまわり、もえたりいぶったりしてる、葉っぱの山をとびこえました。わたしたちは、ブロッケン山にいって、魔女のおどりをやってるつもりにしたんです。

92
テーブルには、青いテーブル・クロスをしきましたし、黄色い復活祭用のお皿もならんで、みごとでした。

ラッセとボッセとわたしは、どの卵も、赤や黃や緑にぬっておきました。色つきの卵って、とにかく感じがいいですから、卵にはいつも色をぬっとくといいとおもいます。

120
ええ、水車小屋のあたりって、ほんとにわくわくするような場所です! そこは、とってもきれいです。おまけに、ちょっぴりきみがわるいんです。

126
「でかけていいかなんて、うちの人にきかないほうがいいぜ。……子どもが水の精を見にいきたがると、おとなってものは、まったくおかしなかんがえかたをしやすいんだ。だから、あとになってから、いいのかどうか、きいたほうがいいよ。だって、そのときなら、もう、なんていわれたってだいじょうぶだもの。」

160
屋根裏部屋にいると、とてもいい気もちでした。頭のうえの屋根には、雨がはげしい音をたててぶつかり、軒にある雨どいでは、水がザアザアながれる音がしました。その屋根裏にすわりこんで、カステラをたべて、そして、そとにでなくていいというのは、すてきでした。

171
ラッセは、こういいました。
「われわれは、金もちからぶんどって、貧しい者にあたえるんだ。」
といっても、よくよくかんがえてみますと、わたしたちの知りあいに、金もちはいません。それに、そんなに貧乏な人もいないんです。

200
それに、だいたい、新聞の記事はかなしいことだらけで、「戦争になる」「戦争になる」とばかり書いてあったんです。

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