街道てくてく旅、続いてます。
前回、笹塚までだったのでここからスタート。
この辺はもともと地元で、終電逃したときは歩いて帰っていたりしたので、だいたいの土地勘はあります。15分間隔くらいで京王線の駅に着くので距離的にもたいして遠く感じない。
笹塚駅
国道20号の上に高速が通っていて、両側にビルが並んでいるので昼でも薄暗い印象ですが、銀杏並木なんてあったんですね。
これはこれでブラタモリができそう。
水道局のタンク。
唐突に現れる「築地本願寺 和田堀廟所」。
なぜここに築地本願寺が?と思ったら、関東大震災のときに全焼して、
本堂は現地で再建、墓所を陸軍火薬庫跡だったこの地に移したそうです。
予想以上に広くてきれいな墓所。
樋口一葉だけ案内板がありました。
案内がないと見落としてしまいそうな小さなお墓。
まあ、樋口一葉の墓があまり立派なのも違うよな。
服部良一と笠置シヅ子の墓もここにあるそうで、『ブギウギ』コンビじゃん!と思いましたがパンフには笠置シヅ子の墓の案内しかなく、インフォメーションで聞けば教えてくれたと思いますが、私、『ブギウギ』見てないし、その程度の気持ちでお参りするのもとあきらめました。
昔、夜中に歩いて帰っていた頃は、なんかお墓があってこのへん不気味だなあと思っていたんですが、数十年後にその墓所を歩き回ることになるとは。
和田堀廟所の隣から真教寺、託法寺、善照寺、浄見寺、法照寺、栖岸院、永昌寺、龍泉寺、お寺がずらっと続きます。
真教寺
説明板によると、成り立ちはそれぞれ違うものの、「明暦3年(1657)いわゆる「振り袖火事」で全焼。築地本願寺の近くに移るが、大正12年9月、関東大震災により築地本願寺やその子院とともに全焼。現在地に移るが、昭和20年5月25日の空襲で全焼。その後、再建。」というのがどの寺にも書いてありました。
いわゆる「振り袖火事」って何?と思ったら、江戸城をはじめ、江戸の六割が焼けたという「明暦の大火」のことでした。六割、すげーな。
また、「昭和20年5月25日の空襲」というのも知らなかったのですが、「山の手大空襲」と呼ばれるもので、東京駅、皇居などもこの空襲で被災しています。
栖岸院
どのお寺も「一見さんお断り」というか、
観光気分で訪ねるようなところではなさそうなので入口だけ。
観光気分で訪ねるようなところではなさそうなので入口だけ。
その中でPOPだった栖岸院の掲示板。
「超幸せな人生 超安心な人生」
永昌寺の庚申塔と地蔵菩薩立像。江戸時代に建立されたもの。
覚蔵寺
なぞの「観賞魚の館」。
『冷たい熱帯魚』的なホラー感。
高井戸一里塚跡
看板の裏に「日本橋から16km」
ここから高速とわかれて空が開けてきます。
向こうは鎌倉街道なのか〜。
八幡山駅でちょっと休憩。
『ルポーゼすぎ』でホットケーキ食べました。

0 件のコメント:
コメントを投稿