2025/05/26

『アラビアンナイト──文明のはざまに生まれた物語』

アラビアンナイト 文明のはざまに生まれた物語 (岩波新書)

『アラビアンナイト──文明のはざまに生まれた物語』
西尾 哲夫
岩波新書

岩波少年文庫『アラビアン・ナイト』上巻を読んで、私がアラビアン・ナイトだと思っていた物語はヨーロッパで作られたものだということに衝撃を受けてこちらを読んでみました。

『アラビアン・ナイト』の成立過程は『アラビアン・ナイト』本編よりもおもしろいんじゃないかと云う予想通り、非常に興味深い内容でした。

めちゃくちゃ複雑なんですが、ざっくりまとめると、
紀元9世紀頃のバグダッドで『アルフ・ライラ・ワ・ライラ(千一夜)』の原型が誕生。
1704年、フランス人東洋学者ガランがフランス語に翻訳した『ミル・エ・ユヌ・ニュイ(千一夜)』を出版。

ガランが翻訳に使用したのは15世紀頃のアラビア語の写本。「ガラン写本」と呼ばれるこの写本に収録されていたのは282夜(40話)。
千一夜分の物語があると信じたガランは続きを探し、手持ちの写本を全部訳してしまうと、シリア人から聞いた物語まで続編として刊行。
結果、もともとのガラン写本にはなかった『シンドバッド』、『アラジン』、『アリババ』も『千一夜物語』として収録されてしまう。

ガランの『千一夜物語』がベストセラーになったことで、完全な「千一夜」を収録したまぼろしの写本探しが過熱。ガランのフランス語版をアラビア語に再訳した偽写本まで登場。

現在まで本当に千一夜あったのかは不明。写本によって収録されている物語にも内容にも違いがあり、シェヘラザードの結末も写本によって違う。『アラジン』や『アリババ』が収録された写本も見つかっていない。原写本が見つかっていないこれらは「孤児の物語」と呼ばれている。

1706年にはガラン版を英訳した『アラビアンナイト・エンターテインメント』がイギリスで出版。それまで原題に忠実な「千一夜」というタイトルだったが、ここで「アラビアンナイト」という通称が誕生する。

1811年、子供向けに猥雑な部分を省略したスコット版『アラビアンナイト・エンターテインメント』が登場。児童文学というジャンルが成立しつつあったイギリスで『アラビアンナイト』は子供向けの物語となっていく。

東洋への憧れだった『アラビアンナイト』は、ゴシックやファンタジー小説へ影響を与え、児童文学となり、一方で大人たちには好色文学として好まれ、アラブ世界を理解するための資料として読まれた。

つまり、私が子供の頃に読んだものは、フランス語に訳されたガラン版→英訳して子供向けにしたスコット版→日本語訳みたいにして入ってきたものなんですね。
(後から作成されたアラビア語版→英訳→日本語版という可能性もあるけど、いずれにせよヨーロッパ経由。)

『アラジン』は「シナの少年」でありながら、私たち日本人はアラジンを同じアジアの少年とはみない。
ヨーロッパから見ると、「東洋」はイスラムからインド、中国、はてはジパングあたりまで含んでいるのに、日本からだと「シルクロードの先にある世界」みたいなざっくりした感じなんですよね。

本書ではこうした日本の欧米フィルターを通してみた「オリエンタリズムのねじれ」についても指摘されています。
今回、ディズニーの『アラジン』(1992年公開)も見てみたんですが、ランプの精ジーニーって弁髪なんですよね。これも今まで気にしたことなかったなあ。

フランス語訳が出版された1704年はルイ14世の時代で、フランス革命が起こるのはこの後。ヨーロッパから見た中東も憧れの国から植民地へ位置づけが変わります。

『アラビアンナイト』とは、実在したイスラムなどの中東世界のおとぎ話というよりは、フランスやイギリス、西欧で翻訳されていくなかで彼らの幻想を反映して形を変えていった物語なんだなと思います。


『アラビアン・ナイト 下』

アラビアン・ナイト 下 (岩波少年文庫 091)

『アラビアン・ナイト 下』
ディクソン 編
中野好夫 訳
岩波少年文庫

収録されているのは『アリ・ババと四十人の盗賊』など6編。
『シナの王女』は東洋文庫版だと『カマル・ウッ・ザマーンの物語』というタイトル。
『魔法の馬』は『黒檀の馬』。
『ものいう鳥』は『妹をねたんだ二人の姉』。これは原写本の見つかっていない「孤児の物語」のひとつ。
西尾哲夫『アラビアンナイト』(岩波新書)によると、いずれもガラン版に収録されている代表的な物語です。

しかし、下巻も長かった〜。
基本的に台詞が回りくどくだらだらと長い上に、ストーリーがどんどん別の話へと脱線していってメインの話が一向に進まない。かと思えば苦労して助けた王子がいきなり溺れ死んだり、話の展開にさっぱりついていけなくて苦労しました。

やはり西尾哲夫『アラビアンナイト』によると、これは「枠物語」という形式で、「大物語の中に小物語が埋めこまれ、さらにその小物語がいくつもの支話に枝分かれしていく入れ子式の構造」なのだそうです。

この中では『アリババ』は群を抜いてわかりやすい展開でおもしろい。写本からの翻訳ではなく、聞き書きを再構成したらしいという成立過程の違いでしょうか。

『アリババ』は小学生の頃、劇の会!で演ったことがあるんですが、クラスの中でも華やかで目立つ顔をした女の子がモルジアーナ役で、きれいな衣装で剣の舞を踊ったのを覚えています。

モルジアーナは侍女だと思っていたのですが、「女奴隷」なんですね。彼女の活躍に感謝して、アリババは奴隷の立場から解放しています。
あと、アリババの兄カシムが盗賊に殺されたあと、残された兄嫁とアリババが結婚しているのに驚きました。アリババにはすでに奥さんがいるので、2人目になるんですが、遺産相続とかも含めてよくあることだったんでしょうか。

もともとの『アラビアン・ナイト』にはけっこう際どい場面も多く、子供向け本ではカットされているらしいのですが、『魔法の馬』には王女がインド人にさらわれ、襲われそうになる場面が出てきます。
『漁師と魔物』でも妃が浮気するのがインド人となっていて、『アラビアン・ナイト』はインド民話も多く含まれているはずなのに、なぜインド人が悪役なのか。

『シナの王女』では、王女が拒絶した求婚者たちは首を切られてその首が城門にさらされたり、『ヘビの妖精と2ひきの黒犬』では、回教徒である王子以外の偶像信者たちがすべて石にされたり、いろいろと引っかかる描写もありました。

『アラビアン・ナイト』は翻訳によってもいろんな版があるらしいのですが、岩波少年文庫版でこれだけ読むのに苦労したので、本編はもう十分かな。成立過程の歴史や文化的な側面には興味があるので、もう少し調べてみたいと思います。