『ナイルに死す〔新訳版〕』
アガサ・クリスティー
黒原 敏行 訳
クリスティー文庫
ポアロシリーズ15作め。1937年の作品。
原題は『Death on the Nile』。
『オリエント急行の殺人』と並ぶ人気作ですが、読むのは初めて。
ナイル川をさかのぼる豪華客船なんて猛暑に読むにはちょうどいいだろうと思いましたが、これがほんとおもしろかった。
クリスティー作品によく出てくる男女の三角関係。従来は殺人事件の背景や人間模様の一部だったりしましたが、本作ではこの三角関係こそがストーリーのメイン。
全540ページの250ページくらいまで事件が起こらないのですが、もうこのまま何も起こらなくても十分おもしろい。
作中のカルナック号はサヘル島から第二急湍まで行って帰ってくる7日間のツアー。
1970年にアスワン・ハイ・ダムが完成したため、第二急湍は水没しているのですが、だいたいワディ・ハルファのあたり。
作中でも存在感を放っているアブ・シンベル神殿はダム建設にあたり移築されてるんですね。
エッセブアという地名も出てきますが、これは今はないのか地図では見つけられず。
カルナック号のモデルとなったクルーズ船「スーダン号」は今でも現役。現在はルクソール〜アスワンの5泊6日で1490〜2700ユーロ!(片道です)
カタラクト・ホテルも「ソフィテル レジェンド オールド カタラクト アスワン」として現存。「アガサ・クリスティ・スイート」という部屋もあるそうです。
クラシックな内装といい、当時も上流階級のための優雅な旅だったのでしょう。
このゴージャスな旅を特別なことでもなく、たいして楽しんでいるようでもなく、受け入れている人々の描写がむしろ旅情があって楽しいです。何度も映像化されているのも納得の映えそうなストーリー。
殺人事件現場にしては不謹慎すぎるほどロマンスも発生しますが、個人的には善人すぎる癒しのコーネリア嬢がお気に入り。
(227ページ)
「もちろん人間は平等じゃないです。平等だとしたら説明のつかないことばかりだもの。たとえばわたしは、なんかこうぱっとしない器量で、悔しいと思ったこともあったけど、もう気にしないことにしてます。」
基本的に若い娘さんには紳士なポアロ。リネット、ジャクリーヌ、ロザリー、それぞれにかける言葉が優しい。
『ひらいたトランプ』のレイス大佐も登場。
『青列車の秘密』のルーファス・ヴァン・オールディンも名前だけ登場。
2020年の新訳版。全体的には非常に読みやすいのですが、「博労」、「ピナフォア」、「セコティーン」といった言葉が特に説明もなしに使われているのがちょっと気になりました。
ミスリードがわかりやすいので今回は犯人も当たりましたが、殺人事件そのものよりも、コーネリア嬢を含めていくつかある三角関係の行方が気になり、最後まで楽しめました。
(483ページ)
「じゃ、どうしてわかったんです?」
「わたしがエルキュール・ポアロだからです!」
以下、引用。
6
わたしはこの小説を、自分の〝外国旅行もの〟のなかで最良の作品のひとつだと思っています。探偵小説は逃避文学かもしれませんが(それの何がいけないのでしょう!)、読者は太陽がまぶしく輝く空と、青い川水と、犯罪を、安楽椅子にすわったまま楽しむことができるのです。
19
「どう考えてもおかしいね──あんなに美人なのは。大金持ちでしかも美人──そりゃないだろ! そんなに金持ちなら美人に生まれる権利なんかないんだ。ほんとにきれいだからな……あの女はなんでも持ってる。公平じゃない……」
38
黒人の楽団が突然、奇妙な不協和音を含んだ喜悦の音楽を奏ではじめる。ロンドンが踊った。
39
若いことは幸福だなどというのは見当違いもはなはだしい。青春時代はいちばん傷つきやすい時期なのだ。
56
「お母さんはあの博労のじいさんに甘いですよね」
57
「なぜ過去に生きるんです? なぜ昔のことにしがみつくんです?」
「過去をなくしたあとは何で埋め合わせればいいというの?」
79
ポアロは上機嫌な顔をし、やさしい口調でしゃべっていた。丹念にプレスした白いシルクのスーツに身を包み、パナマ帽をかぶり、人造琥珀の柄に毛の房をつけた、凝った装飾の蠅払いを手にしている。
123
人生では輝きというものが大事な意味を持つのよ、ムッシュー・ポアロ。そしてお金はそれを持つのを助けてくれるの。
154
「あなたも人間に興味がおありなんですの、ムッシュー・ポアロ? それとも興味があるのは犯罪者になる可能性のある人間だけかしら?」
「マダム──そのカテゴリーからはずれる人は多くはいませんよ」
219
ポアロがレイス大佐とはじめて出会ったのは、一年前、ロンドンでのことである。ふたりは非常に奇妙な晩餐会に招待された──その晩餐会は、招待主である風変わりな男の死によって幕を閉じたのだった。
220
ポアロは大佐のためにウィスキーを注文し、自分は砂糖をたっぷり入れたオレンジエードのダブルをあつらえた。
227
「そんなふうに、何かに怒ってばかりいるのって、やめたほうがいいんじゃないでしょうか」
「そして、もちろん人間は平等じゃないです。平等だとしたら説明のつかないことばかりだもの。たとえばわたしは、なんかこうぱっとしない器量で、悔しいと思ったこともあったけど、もう気にしないことにしてます。」
230
「あなたがどなたなのか、さきほどようやく気づきましたよ、ムッシュー・ポアロ。古くからのお友達のルーファス・ヴァン・オールディンからお噂を聞いていたんです。」
312
「不謹慎な質問をされるのは大好きです」
332
「なんという毒々しい女だ! ふう! だれが殺人者か知らないが、殺すならあの女を殺せばよかったのに!」
353
「男物のハンカチですが──上等のものではありませんね。かの親愛なるウールワースあたりの品物でしょう。せいぜい三ペンスの」
389
共産主義の本や小冊子が数冊、スナップ写真が相当数、サミュエル・バトラーの『エレホン』と、サミュエル・ピープスの『日記』廉価版の一冊。
442
「それはきみが文明的すぎるからだよ。きみも死を東洋人の目で見るべきだな。死なんて出来事のひとつにすぎない──特に気にとめるようなことじゃないんだ」
「それはそれでべつにいいんです──東洋人は教育を受けていないんですもの。気の毒だけど」
「無教育なのはいいことだね。教育のせいで白人種は活力をなくしたんだ。アメリカを見たまえ──文化のお祭り騒ぎをやっている。まったくどうしようもない」
444
「わたしは、自分がぱっとしないから、余計に美しいものに敏感なんです。あの人は美しかった──女として──まるでギリシャの女神さまみたいに美しかった。美しいものがひとつなくなったら、世界は大切なものをひとつなくしたことになるんです。そういうことなんです!」
454
「あなたはわたしの友達のヘイスティングズと同じネクタイを締めていますね」
「これはイートン校のネクタイです」
462
「リネットのことは、あの子がピナフォアを着た可愛い女の子だったころから知っていた」
480
音がしないようセコティーンで貼りつけた。
483
「じゃ、どうしてわかったんです?」
「わたしがエルキュール・ポアロだからです!」
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