2025/09/27

『死との約束』

死との約束 (ハヤカワ・ミステリ文庫 エルキュール・ポアロ)

『死との約束』
アガサ・クリスティー
高橋 豊 訳
ハヤカワ・ミステリ文庫

ポアロシリーズ16作め。1938年の作品。
原題の『APPOINTMENT WITH DEATH』がかっこいい。

新訳版が出ていなかったので、クリスティー文庫ではなく、ハヤカワ・ミステリ文庫で。

1978年の翻訳だからなのか、「異性としての魅力」とか「性別」みたいな言葉を「セックス」と直訳してるのが気になりました。
「辞書の中のもっとも不愉快な言葉でも、平気で人前で使う」という台詞があるので、わざと直訳したのだと思いますが、若い女性に対して使うとジェラール博士がセクハラしてるみたいに見えるんだよなあ。

殺人の舞台はヨルダンのペトラ遺跡。
『メソポタミアの殺人』、『ナイルに死す』に続く中近東シリーズですが、前2作に比べると旅情は薄め。
ペトラ遺跡は岩だらけで山登りばかりしている印象で、「ローズ・レッド・シティ」は「なまの牛肉みたい」と言われています。

エルサレム、ヨルダンという場所がらもあり、通訳のユダヤ人批判がうるさいという描写があったり、アメリカ人、イギリス人、フランス人の金持ちが現地のベドイン人をこきつかって観光してる感があります。
(べつにこれを批判しているわけではなく、当時はそういう状況だったんだなあと思って読んでいます。クリスティーの描く上流階級の視点はいつも興味深い。)

ミステリ的にはミスリードに引っかからないようにと注意しすぎてミスリードされるところもありましたが、犯人はわかりやすい。『ナイルに死す』に続いて決着のつけ方が気にいらないところもありますが、エピローグは大団円。

◆関連書籍
死との約束 (クリスティー文庫 エルキュール・ポアロ)
『死との約束』
アガサ・クリスティー
高橋 豊 訳
クリスティー文庫

2025/09/15

『縄文王国やまなし』

縄文王国やまなし

『縄文王国やまなし』
九州国立博物館 監修
求龍堂

夏休みの間、ペットボトルロケットを作ったりする博物館の出張イベントがショッピングモールで開催されていたのですが、そのひとつに縄文土器の展示がありました。

それまで知らなかったんですが、山梨県は「縄文王国」なのだそうです。フルーツ王国はともかく、縄文王国ってなんだよって感じですが、山梨県と長野県の中部高地は、縄文中期の中心地で遺跡も数多く出土しているんだとか。

縄文中期(約5000年前)とはいえ、現在と地形はそう変わらないだろうし(富士山が今の形になったのは約一万年前)、なぜ平地ではなく、こんな山の麓や盆地が栄えたのか?

こちらは2019年に九州国立博物館で開催された展示会の図録。
九州で山梨の縄文展示?と思いますが、山梨県のルミエール・ワイナリー会長の発案だとか。
この会長つながりらしいコラムが掲載されていて、学術的なものからポエムみたいなものまであってびっくりしますが、図録だけあって土器や土偶の写真は大変わかりやすい。

山梨からは水煙文土器など珍しい形の土器も発見されているんですが、過剰な装飾は本来の目的である煮炊きには向かないとか、有孔鍔付土器の穴はなんのためにあるのかわかっていないとか(酒、ひいてはワイン作りという萌える説もあり)、イノシシとヘビとカエルがひとつの土器にデザインされているのはなんの物語を象徴しているのかとか、この頃の土偶は釣り上がった目をしているとか(「差別的」と言われる、あの細いつり目なんですが、縄文人ってこんな顔してたんですかね)、いろいろおもしろいです。

じつは、家からそれほど遠くないところでも発掘調査が行われていて、そこからも顔面把手付土器や土偶がきれいな状態で発見されています。どうせたいしたことないだろうと気に留めてなかったんですが、現地での展示説明会なんかもあったみたいで惜しいことをしました。

そもそも縄文時代ってなんなのか。
言われてみれば当たり前なんですが、縄文時代って日本史だけの区分なんですよね。世界史だと新石器時代。
最新の研究により、縄文時代、弥生時代の捉え方も私が学校で習った頃とは結構変わっているようです。ここらへんも気になるのでお勉強してみたいと思います。


2025/09/09

『濹東綺譚』

濹東綺譚 (岩波文庫 緑41-5)

『濹東綺譚』
永井荷風
岩波文庫

『つゆのあとさき』が予想外に良かったので、永井荷風の代表作といわれるこちらを。
1937年(昭和12年)の作品。

初老の作家が玉の井の私娼窟で若い女と出会い、彼女に過去の幻影を見る、という「男の妄想」みたいな物語。

銀座のカフェーの女給と比較して、お雪はまだ純朴であると言っているあたり、さんざんカフェーで遊んできたお前が言うなという感じですね。
芸者を見受けしたこともある荷風が、それを彼女たちのせいにして「失敗だった」というのもまた。

(126ページ)
 わたくしは若い時から脂粉の巷に入り込み、今にその非を悟らない。或時は事情に捉われて、彼女たちの望むがまま家に納れて箕帚を把らせたこともあったが、しかしそれは皆失敗に終った。彼女たちは一たびその境遇を替え、その身を卑しいものではないと思うようになれば、一変して教うべからざる懶婦となるか、しからざれば制御しがたい悍婦になってしまうからであった。

ただ、作家が過去の幻影を見ているのは、お雪だけでなく、銀座あたりでは失われてしまった江戸の風情を玉の井の私娼窟に投影しているんですよね。汚いドブ川が流れる売春宿にこそ、心を救われる美しさがあるという情景が描かれています。

(118ページ)
いつもの溝際に、いつもの無花果と、いつもの葡萄、しかしその葉の茂りはすこし薄くなって、いくら暑くとも、いくら世間から見捨てられたこの路地にも、秋は知らず知らず夜ごとに深くなって行く事を知らせていた。

岩波文庫版では新聞連載時の木村荘八の挿絵が掲載されているんですが、これを見ると当時の向島界隈、人通りも少ないし、めちゃくちゃ暗い。「ラビラント」に迷いこむような、橋を渡ると異世界みたいな感じだったのかなと。

「あとがき」にあたる「作後贅言」に、帚葉翁(校正家・神代種亮のことだそうです)とともに銀座をうろついた日々のことが書かれているのが個人的には本文以上に興味深かった。

特に、酔った男たちが他党を組んで銀座を歩く「無遠慮な実例」として早慶戦の後の慶應の学生とOBをあげているのはおもしろい。
荷風は慶應の教授となり『三田文学』を創刊してるんですが、「早く辞めてよかった」とまで言っている。

(165ページ)
その実例によって考察すれば、昭和二年初めて三田の書生及三田出身の紳士が野球見物の帰り群をなし隊をつくって銀座通を襲った事を看過するわけには行かない。

(166ページ)
そのころ、わたくしは経営者中の一人から、三田の文学も稲門に負けないように尽力していただきたいと言われて、その愚劣なるに眉を顰めたこともあった。彼等は文学芸術を以て野球と同一に視ていたのであった。

また、「銀座のカフェーは夏になると暑い紅茶と珈琲を出さない」、これは「紅茶と珈琲本来の香気を失ってしまうものである」と書かれているのも、カフェの日本史を追っている私としては気になるところ。

戦争をはさんで一度全て焼失しているんですけれど、昭和のはじめの銀座がすでにここまでモダンだったことに驚きますし、現在まで残っているもの、消えてしまったものに心惹かれます。
『荷風の昭和』という本も出ているので読んでみたいです。