2026/02/25

『木挽町のあだ討ち』

木挽町のあだ討ち

『木挽町のあだ討ち』
永井紗耶子
新潮社

読んでから見るか、見てから読むか、少し迷いましたが待ちきれなくて読んでしまいました。

江戸・木挽町。芝居小屋の前で美しい若者によって成し遂げられた仇討ち。2年後に現れた武士が仇討ちを目撃したという芝居小屋の人々に話を聞いてまわる。

ひとつの事件を複数の視点から語るという『羅生門』スタイル。ただ、ここで中心となるのは仇討ちではなく、芝居小屋に流れ着いた人々の半生。これがメインである仇討ちよりもおもしろい。

時代小説自体をあまり読みつけないのですが、芝居に疎い聞き手の武士に語り手が説明してくれるという手法なので、とてもわかりやすい。
そして田沼意次や松平定信の名前が出てくるので、『べらぼう』と同じ元禄時代なんですね。吉原とか花魁道中なんかも出てくる。

映画の予告編やポスターで仇討ち場面はすでに見ることができますが、華やかな舞台なども映像化されるのが楽しみです。

複数の語り手という構成によって、芝居小屋を中心とした人間模様や元禄時代の華やかさが立ち現れてくるところがこの小説のおもしろさだと思います。そのまま映画にはできないので、これがどう料理されるのか。

ひとりひとりの物語が、それぞれ別の小説が一本できてしまうほど濃すぎるので、これも映画ではだいぶ端折ることになると思いますが、芸達者な配役なので、みなさん過去の背景を感じさせる演技をしてくれるんじゃないかと期待します。

2026/02/03

『ねじれた家』

ねじれた家 (ハヤカワ文庫)

『ねじれた家』
アガサ・クリスティー
田村 隆一 訳
クリスティー文庫

アガサ・クリスティー仲間(と私が勝手に思っている)の同僚が、私が勧めた『春にして君を離れ』を読んでくれたので、彼女おすすめのこちらを読んでみました。

アガサ・クリスティーのノンシリーズもの。
原題は『CROOKED HOUSE』。
1949年の作品。

一族の当主が殺され、それまでなんとか均衡を保っていた家族が綻びだすというクリスティーお得意の展開。
主人公チャールズはポアロでもマープルでもなく、ヒロインと結婚したいだけの外交官なので、殺人事件は一向に解決せず、物語の大半はこの「ねじれた家」の「ねじれた家族」の話が続きます。

しかしながら、それがおもしろいんだな。
さすがのクリスティーというか、描写も会話も洒脱でクラシックな上品さがあり、読んでいるだけで楽しい。

舞台となる〝ねじれた家〟「スリー・ゲイブルズ(三つの切妻)」は、玄関ホールは一緒だけど、内部が三つの独立した建物になっているという構造らしく、「ねじれた家族」のメタファーでもあるわけです。
これはビジュアルで見てみたいと思ったら映画になってるんですね。グレン・クローズ、テレンス・スタンプ出演。

家族全員がどこか不気味で残酷で、みんな怪しく見える。
私はユースティス、あるいは気を衒ってソフィアかチャールズが犯人かと予想しましたが、これもいつものことでクリスティーの場合は、誰が犯人かということより、なぜこの人が犯人なのかがおもしろい。
(他の人の感想を見ていたら「読み終わって犯人がわかったあとでも俺は◯◯が真犯人だと思ってる!」という意見があって共感しました。なんかね、あの人が一番腹黒そうなんだよねー。)

画家だったり殺人犯だったり固有名詞がちょこちょこ出てくるんですが、ここは脚注がほしかったところ。

・エディス・トムソン(イーディス・トンプソン)
1922年、8歳年下の愛人フレデリック・バイウォーターズが夫を殺害。手紙で殺人を教唆したとして処刑された。

・コンスタンス・ケント
1860年、16歳のときに4歳の異母弟を殺害。
1865年、聖職者に罪を告白し逮捕。
聖職者の守秘義務が議論を呼ぶ。
41歳で釈放、看護師、寮母となる。
1944年、100歳で死去。

コンスタンス・ケントは有名な殺人犯のようで、私たちが「酒鬼薔薇」の名前をあげるように当時は普通に使われていたんでしょうか。
この事件は他にも小説になってるらしいので読んでみたいです。

それから「とりかえっ子」という言葉。
「妖精がきれいな子をさらってそのかわりにおいて行く小さくて醜い子の意」と訳注がありました。英語でなんていうのか調べてみたら「changeling」。

(原文を検索していたらAIモードが思いっきり犯人の名前を掲載していました笑)

主人公のチャールズが探偵としてはポンコツすぎるんですが、そのぶん、推理小説としてよりも、奇妙な家族の物語としてクリスティーのストーリテリングが堪能できる作品でありました。もうこのまま解決しないで迷宮入りしてもいいんじゃないかとすら思った。

(225ページ)
「うちの家族みたいに愛情がもつれあったような形で暮らしているのはもっとよくないと、あたし、思うの。
と言うのはね、家族みんながちいさな〝ねじれた家〟の中に、一緒にごたごた住んでいるということなのよ。〝ねじれた〟と言ったのは悪い意味じゃなくって、ひとりひとりではまっすぐに立っていられないという意味なの。それぞれが、ちょっと曲がったり絡みあったりしてるということよ」

(352ページ)
「探偵小説じゃね、つぎからつぎへと人が殺されていくのよ」
「でも最後には犯人がわかってしまうわ。だって、おしまいまで生き残った人がそうなんですもの」