
『ねじれた家』
アガサ・クリスティー
田村 隆一 訳
クリスティー文庫
アガサ・クリスティー仲間(と私が勝手に思っている)の同僚が、私が勧めた『春にして君を離れ』を読んでくれたので、彼女おすすめのこちらを読んでみました。
アガサ・クリスティーのノンシリーズもの。
原題は『CROOKED HOUSE』。
1949年の作品。
一族の当主が殺され、それまでなんとか均衡を保っていた家族が綻びだすというクリスティーお得意の展開。
主人公チャールズはポアロでもマープルでもなく、ヒロインと結婚したいだけの外交官なので、殺人事件は一向に解決せず、物語の大半はこの「ねじれた家」の「ねじれた家族」の話が続きます。
しかしながら、それがおもしろいんだな。
さすがのクリスティーというか、描写も会話も洒脱でクラシックな上品さがあり、読んでいるだけで楽しい。
舞台となる〝ねじれた家〟「スリー・ゲイブルズ(三つの切妻)」は、玄関ホールは一緒だけど、内部が三つの独立した建物になっているという構造らしく、「ねじれた家族」のメタファーでもあるわけです。
これはビジュアルで見てみたいと思ったら映画になってるんですね。グレン・クローズ、テレンス・スタンプ出演。
家族全員がどこか不気味で残酷で、みんな怪しく見える。
私はユースティス、あるいは気を衒ってソフィアかチャールズが犯人かと予想しましたが、これもいつものことでクリスティーの場合は、誰が犯人かということより、なぜこの人が犯人なのかがおもしろい。
(他の人の感想を見ていたら「読み終わって犯人がわかったあとでも俺は◯◯が真犯人だと思ってる!」という意見があって共感しました。なんかね、あの人が一番腹黒そうなんだよねー。)
画家だったり殺人犯だったり固有名詞がちょこちょこ出てくるんですが、ここは脚注がほしかったところ。
・エディス・トムソン(イーディス・トンプソン)
1922年、8歳年下の愛人フレデリック・バイウォーターズが夫を殺害。手紙で殺人を教唆したとして処刑された。
・コンスタンス・ケント
1860年、16歳のときに4歳の異母弟を殺害。
1865年、聖職者に罪を告白し逮捕。
聖職者の守秘義務が議論を呼ぶ。
41歳で釈放、看護師、寮母となる。
1944年、100歳で死去。
コンスタンス・ケントは有名な殺人犯のようで、私たちが「酒鬼薔薇」の名前をあげるように当時は普通に使われていたんでしょうか。
この事件は他にも小説になってるらしいので読んでみたいです。
それから「とりかえっ子」という言葉。
「妖精がきれいな子をさらってそのかわりにおいて行く小さくて醜い子の意」と訳注がありました。英語でなんていうのか調べてみたら「changeling」。
(原文を検索していたらAIモードが思いっきり犯人の名前を掲載していました笑)
主人公のチャールズが探偵としてはポンコツすぎるんですが、そのぶん、推理小説としてよりも、奇妙な家族の物語としてクリスティーのストーリテリングが堪能できる作品でありました。もうこのまま解決しないで迷宮入りしてもいいんじゃないかとすら思った。
(225ページ)
「うちの家族みたいに愛情がもつれあったような形で暮らしているのはもっとよくないと、あたし、思うの。
と言うのはね、家族みんながちいさな〝ねじれた家〟の中に、一緒にごたごた住んでいるということなのよ。〝ねじれた〟と言ったのは悪い意味じゃなくって、ひとりひとりではまっすぐに立っていられないという意味なの。それぞれが、ちょっと曲がったり絡みあったりしてるということよ」
(352ページ)
「探偵小説じゃね、つぎからつぎへと人が殺されていくのよ」
「でも最後には犯人がわかってしまうわ。だって、おしまいまで生き残った人がそうなんですもの」
以下、引用&メモ
・エディス・トムソン(イーディス・トンプソン)
1922年、8歳年下の愛人フレデリック・バイウォーターズが夫を殺害。手紙で殺人を教唆したとして処刑された。
・コンスタンス・ケント
1860年、16歳のときに4歳の異母弟を殺害。
1865年、聖職者に罪を告白。
聖職者の守秘義務が議論を呼ぶ。
41歳で釈放、看護師、寮母となる。
1944年、100歳で死去。
・シャーロット・コーデイ(シャルロット・コルデー
フランス革命においてマラーを暗殺。
43
信じられぬ光景だった! 私はスリー・ゲイブルズ(三つの切妻)と呼ばれているわけがわからなかった。イレヴン・ゲイブルズ(十一の切妻)といったほうが、ふさわしいのに!
奇妙なことに、家は見なれない具合にねじれていた──そのわけはわかるような気がした。いってみればコテッジふうなのだ。それも、まったく釣り合いを無視して、ふくれあがったようなコテッジだ。大きな拡大鏡でのぞいて見た田舎の農家という感じであった。はすかいになった梁、木骨石積み造り、切妻──夜のうちに、キノコのように伸びてしまった〝ちいさなねじれた家〟だ!
47
「いかにもあの人らしくやってきたわ。そう、ハレム・タイプなのね。ただ坐ったきりで、おいしいものを食べたり、きれいなドレスや宝石を集めたり、三文小説や映画を見たりするのが好きなのよ。」
54
「しゃくにさわるわね、このつる草のやつは。いちばんたちが悪い草ですよ。草を枯らすし、絡みつくし──とても根こそぎにできませんよ、なにしろ土の下で根をはっているんだから」
55
「どうして、女優になってまで子供をつくるのか、わたしにはわかりませんよ。」
56
「フィリップ・レオニデスは、なにをなさっているんです?」
「本を書いてるんですよ。どういうわけだか知りませんがね。だれも、読みたいなんて人はいませんよ。みんな、知られざる歴史上のディテール、そんなものばかりなんですよ。」
64
顔は、当節のご婦人がお化粧をぜんぜんしない時に見せる、ショッキングなほどの素顔だった。
65
「喜劇というものは、サスペンスを高めるものなのよ。」
66
「エディス・トムスンの芝居だったら、こういうふうに演るものだとお思いになりません?」
68
「わからないでしょうね! 娘があるって、どんなにいいものか」と言ったが、それは私に言っているようでもあるし、また私のうしろの本棚に喋っているようにもとれた。
69
「心配しないで。お母さまならプロデューサーの言うとおり演るわ。あたしがプロデューサーよ」
73
「お父上に、これといっていつもと変わったところはなかったんですか」
ちょっと皮肉な調子で、フィリップはそれに答えた。
「父はべつに、その日殺されることになっているんだなんてことは、一言も言いませんでしたよ」
82
私はまず、優雅につんと上向いた彼女の鼻の魅力に気づいた。それはアシーン・セイラーをかすかに思わせる──これが桃色のネグリジェを着ていた騒々しい女だとはとても信じられない。
アシーン・セイラー Athene Seyler
イギリスの女優
90
この部屋は、まったく彼女そのものだった。壁は白く──真白に、室内装飾でよく言われるような、象牙色や淡いクリーム色を指すあの白色ではなくて、ほんとに白一色で塗られている。マントルピースの上に掲げてある、バトルシップ・ブルーとダーク・グレイの三角形をあしらった幾何学的な幻想風の絵をのぞいたら、壁にはなんの絵もかかっていない。それに家具も、ほとんどないといってもよかった──三、四脚の椅子、ガラス製のテーブル、それから小さな書棚というほんの当座の必要品だけで、なんの飾りもなく、あるものは光と空間ばかりだった。
91
五十ぐらいの年を思わせる彼女の髪は灰色で、イートン校の学生風に短くカットしてあったが、それが、彼女の品のいい頭によく似合っていて、短いカットと言うと私がいつも思い浮かべるあの奇妙な感じはすこしもなかった。
97
彼はさらに、ロンドンで彼女がやっている仕事の性質についてニ、三の質問をした。それは核分裂の際の放射線を利用してやらなければならない仕事だと彼女は答えた。
「ほんとに、原子爆弾のお仕事をやっておられるんですか」
「わたくしの仕事は、そんな破壊的な性質はすこしもないんですの。研究室は、医療面における実験をすすめているのです」
101
「部屋って、ずいぶん不思議なものですな。そこに住んでいる人間について、じつに多くのことを教えてくれるものだ」
104
「オウガスタス・ジョンの作ですがね、なかなか個性をもっていますな、どうです?」
サージェントの多くの画がそうだが、この画もなにか残酷なにおいがたちこめている。
115
「メイドの話では、二人は相思相愛の仲だというのですがね」
「どうしてわかるんだ?」
「夫人があの青年のためにコーヒーを注いでやるとき、彼女を見つめる彼の眼つきだというんですがね」
127
「おじいさまはただブレンダがほしかっただけ。乞食娘と結婚するコフィチュア王の役が、ちょっとやってみたかったのよ。」
129
「どうして男の人って、穴居人のような野蛮人だけが異性にとって魅力的なんだなんて考えるのかしら。」
137
ジョゼベル
「〝犬は女の両の掌を残し、すべてを食らいぬ〟どうして犬は掌を食べなかったんでしょう?」
139
「針さしには書き置きをさして行かなかったでしょうよ。そんなの、ずいぶん大時代の本にしかないわね。奥さんが旦那さまに別れるときにそうするんですって。でもいまじや、だれも針さしなんか持ってないんだから通用しないわね」
147
「まるで『ヴォイジイ家の遺産相続』みたいだったわ」
162
「プリチャードだって人づきあいはいい男だったっていうからな」
167
「『あたしの居間にいらっしゃいません』と蜘蛛は蠅に言いました、ですか?」
183
「たとえば、コンスタンス・ケントが、殺した弟を非常に可愛いがっていたことはだれしもみとめるところだ。ところが、彼女はその弟が自分より大事にされ、可愛いがられることをひどくねたんだわけだ。この例にもみられるように、憎んでいるものより愛するものを殺すことはよくある例だ。愛情の執着があるからこそ、その人間の存在が我慢ならなくなるということがよくあり得るものだからな。」
『最初の刑事 ウィッチャー警部とロード・ヒル・ハウス殺人事件』
194
「でも駄目、話さない。あんたときたらワトスンと同じだもの」
「駄目、シャーロック・ホームズは好きじゃないわ。古くさいわよ。馬車でかけまわっているんですもの」
203
「いったい、共産主義者がなんの理由でおじいさまを殺したんでしょう?」
「人の話では、ああいうやからは突拍子もないことをするそうですからね。でも、もしそうでないとすれば旧教徒よ。旧教徒ときたら、バビロンの緋色の淫婦みたいに俗化してますからね」
204
「クレメンシイは、夫が財産をみんななくしても、ちっとも気にかけない人よ。むしろ喜ぶかもしれないわ。あの人は物を持たないことに妙にあこがれている人ですもの。」
205
その部屋の中でいちばん美しい眺めは、マグダとユースティスの親子だった。二人はソファに並んで腰かけていたが、ゲインスボロの肖像画のように見えた。
その隣りの母親のほうは、片手をソファにかけて坐っていたが、ゲインスボロの描いたスリー・ゲイブルズの伯爵夫人のように、ゆったりとしたタフタのガウンをきて、錦織りのスリッパをはいたきゃしゃな足を片一方だけ前に投げだしていた。
206
「ねえ、ロンドン警視庁ってどんなところです?」マグダはからだを乗り出すようにして訊いた。「いつも知りたいと思っているんですけど……テーブルとデスクと椅子があって? カーテンはどんなの? お花なんてないでしょ? 口述録音機はあるんでしょうね?」
207
「お母さまはロンドン警視庁のシーンがおもしろくないからといって、ババソール・ジョーンズさんに頼んでカットしてもらったんじゃないの。滑稽なだけだっておっしゃってたじゃない」
216
「いい仕事というものは、熱意と情熱をもち、素直な直感力にもとづいてなされてはじめてできるものなのです。お金をかけた設備とか訓練とか実験などは、あなたのお考えになるほど役には立たないものなんです。」
220
「あの人ときたら、不便な生活が好きで、コップは一つしか使わないというような人なんですよ。モダンな生き方というのかもしれませんがね。なにしろ、過去だの生活の美しさだのという観念がないらしいですね」
225
「うちの家族はあんまり仲がよすぎていけないのよ。あんまりお互いに愛しあいすぎるの。家族によっては、お互いが敵ででもあるかのように憎みあっていることがあるわ。それもあまりいいとは言えないけど、うちの家族みたいに愛情がもつれあったような形で暮らしているのはもっとよくないと、あたし、思うの。
と言うのはね、家族みんながちいさな〝ねじれた家〟の中に、一緒にごたごた住んでいるということなのよ。〝ねじれた〟と言ったのは悪い意味じゃなくって、ひとりひとりではまっすぐに立っていられないという意味なの。それぞれが、ちょっと曲がったり絡みあったりしてるということよ」
227
「まあ、あなたの年ごろでは、恋愛といえば、若いきれいな男女が月の光のもとで語るものと思うのも無理ないことだけど」
241
「ぼく、ヘンリー八世が、アン・ブリンにすばらしい詩を贈ったこと知らなかった」
276
「わたし、いつもあの子のことをとりかえっ子(妖精がきれいな子をさらってそのかわりにおいて行く小さくて醜い子の意)って呼んでは、あの子を怒らせたものだわ。」
changeling
292
夫とは反対に、ゲイツキルの言葉が終わるか終わらないうちに、マグダはおそろしい勢いで喋りだした。その豊かな朗々とした声は、ちょうど満ちてくる潮がせせらぎをかきけすように、弁護士のかぼそい口調をうちくだいた。
350
モーニング・ルーム
352
「探偵小説じゃね、つぎからつぎへと人が殺されていくのよ」
「でも最後には犯人がわかってしまうわ。だって、おしまいまで生き残った人がそうなんですもの」
373
シャーロット・コーデイの話をあたしにしてくれたもの。シャーロットは、あの人のお風呂でだれかを殺したんだって。これは、あんまり利口なやり方じゃないわ。
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