2025/03/03

『ひらいたトランプ』

ひらいたトランプ ポアロ (ハヤカワ文庫)

『ひらいたトランプ』
アガサ・クリスティー
加島祥造 訳
ハヤカワ文庫

ポアロシリーズ13作め。1936年の作品。
原題は『CARDS ON THE TABLE』。
本文の中では「手の札は開けて置く」と訳されている。
解説によるとこれはブリッジのルールで「攻撃側の一人は持ち札をすべて卓上に表向きにさらし(カーズ・オン・ザ・テーブル)、どの札を出すかは一切パートナーに委ねて、休み(ダミー)としてプレイには参加しない。」
このルール自体がこの作品の事件の基本なので、それとかけたうまいタイトルなのだが、邦題だとピンとこないのが惜しい。
たしかこの話は前に読んだはず、と思いましたが例によって犯人は覚えていないので、後半の二転三転を「あれ、この人が犯人だったけ?」と思いながら楽しみました。
本作で初登場の推理作家オリヴァ夫人のキャラクターがすばらしい。アガサ・クリスティー自身というより、読者が想像するクリスティー像を自らカリカチュアしている感じ。
以下は有名なセリフ。ポアロをベルギー人にしたことを皮肉っております。
107
「ただ一つ、あたしの後悔してることがあるの──それはね、主人公の探偵をフィンランド人にしたことなの。フィンランドのこと、あたし全然知らないでしょ。ところが、フィンランドからよく手紙がきて、その探偵の言動がおかしいだのなんだの言ってくるの。フィンランドじゃあ探偵小説がとても愛読されているのね。冬が長くって、その間は日光がささないからじゃないかと思うわ。ブルガリアやルーマニアじゃあ、探偵小説は読まれないでしょ。あたし、探偵をブルガリア人にしとけばよかったわ」
266
「オリヴァさん、お手柄でしたね。あなたの作品のひょろ長いラプランド人の探偵より、ずっと素晴らしかったですよ」
「フィンランド人ですわ。彼、どうせ馬鹿な探偵ですけど、皆さんに人気があるのよ。」
そしてクリスティー作品によくある2人の女性と1人の男性の構図。アン・メレディスとローダ・ドーズはお互い自分にないものをもっているところに嫉妬もしている。女友達あるあるの関係ですね。
上品で頭が良くて孤独なロリマー夫人も印象的でした。そしてこういうマダムにはつねに優しいポアロ。
234
「生きるのはむずかしいことですよ。わたしの年になったら、わかります。限りない勇気と忍耐が必要なのです。そして、死ぬ時になって、誰もが、“人生にそんな値打ちがあったのかしら”って、疑うんです」
149
「記憶力は貴重な贈り物です。それがあれば過去もけっして過ぎ去ったものになりません──マダム、あなたには過去のことも、目の前に巻物を広げるように開けて、すべての出来事が昨日のようにはっきり映るんじゃございませんか?」
ロリマー夫人がシャイタナ氏と出会ったというエジプトのホテル、ルクソールのウィンター・パレス、検索したら今もありました。エジプトって観光地のイメージが強いんですが、リヴィエラと並ぶようなリゾート地なのですね。
おもしろくて数日で一気読みしてしまいました。アガサ・クリスティーの描く人間模様、登場人物たちの台詞の粋なこと。
コーヒー飲みながらクリスティーを読むってそれだけで幸せを感じます。

以下、引用。

12
ウェセックス・ハウスの鍵煙草入れ展示会であった。

14
シャイタナ氏がアルゼンチン人か、ポルトガル人か、ギリシャ人といった英国人のきらう国籍を持っている人なのかどうか誰にも明らかでなかった。

34
「あたしの天使がもう来るころよ、さあ、一勝負始めない? きっと今夜はつくわよ」

52
「ドクター・ロバーツですよ」オリヴァ夫人がまた断固として言った。「彼、とっても親切なんですもの。人殺しには親切そうなのがよくいるわよ──変装ですよ!」

64
「あたし、いつだって実際に行われた殺人よりも、素敵な殺人を書けるんですよ。あたし、話の筋で苦労したことなんか、ありゃしませんよ。それにあたしの読者は毒薬の方を欲しがりますよ、ナイフより」

106
「実際をいうと、あたし、正確ということそんなに気にしていないの。すべてに正確な人なんている? いまでは誰もいないんじゃないかしら。たとえば、二十二歳の美しい処女が、窓から海を眺め、可愛がっていたラブラドル犬のボブに、さようならの接吻をした上、ガスの栓をひねって自殺した、という記事が載った時に、その女が二十六歳で、その部屋の窓は海に面していないし、犬はシーリアム・テリヤでボニーというんだと、騒ぎたてる人がいるかしら」

「もっと大切なのは、人をうんと殺すことね。小説が少しだれてきたら、だらっとタワー流させれば引き締まりますよ。誰かが何かを打ち明けようとする──すると、まずその人が殺される。この手はいつもうまくいくわ。これ、あたしのどの小説なもあるのよ」

107
「ただ一つ、あたしの後悔してることがあるの──それはね、主人公の探偵をフィンランド人にしたことなの。フィンランドのこと、あたし全然知らないでしょ。ところが、フィンランドからよく手紙がきて、その探偵の言動がおかしいだのなんだの言ってくるの。フィンランドじゃあ探偵小説がとても愛読されているのね。冬が長くって、その間は日光がささないからじゃないかと思うわ。ブルガリアやルーマニアじゃあ、探偵小説は読まれないでしょ。あたし、探偵をブルガリア人にしとけばよかったわ」

138
「日本の版画が六枚、これは一級品だった。鏡の上には中国の絵二枚、大変立派な鍵煙草入れが五、六個。日本の象牙の根付がこれも五、六個、これは一かたまりに机の上にのっていた。」

139
「たとえばシャーロック・ホームズみたいに、とおっしゃるんでしょう。夜になってもその犬は吠えなかった。これはおかしいぞ!」

149
「記憶力は貴重な贈り物です。それがあれば過去もけっして過ぎ去ったものになりません──マダム、あなたには過去のことも、目の前に巻物を広げるように開けて、すべての出来事が昨日のようにはっきり映るんじゃございませんか?」

152
オリヴァ夫人は小さな二人乗りの自動車の運転台から下りるのに、大骨折りだった。それというのも、第一に現代の自動車製造者が、ハンドルをながら者はみな、すんなりした脚の持ち主ばかりだと考えているからである。それに加えて座席の低いのが流行ときている。そこで、肉付きのいい中年の婦人が運転台に座ると、外へ出るのに身体をあっちへやったり、こっちへやったり、超人的努力をしなければならなくなる。

155
「あたしは犯人の目星、ちゃんとついてるの。あの医者、何ていったっけ、名前は? ロバーツ。そうそう、ロバーツですよ。これ、ウエールズ系の名前ね。あたしはウエールズ人なんて絶対に信用しないの。」

158
「それに、もうひとつ打ち明けて言うと、本当の殺人事件ってあたしの手に負えそうもないの。本の中でいつもこっちの勝手に作りつけてるでしょ。だから本物だと困っちゃうの。」

177
「ああ、あなたが好きになったのよ。きまっているじゃないの。ぜんぜん興味がないのに、親切なことをする男ってあるかしら。あなたが不器量で、にきびでもいっぱいできていたら、こんな所まで来やあしないから」

181
「ドーズさんの故郷はデヴォンシャーだと思いますわ。時々クリームが送られてまいりますから。それを見ると、故郷を思い出すとおっしゃってますもの」

195
「雨、雨では別に怪我もしませんよ」

209
「日本の風土病みたいなもの──買ってきた日本製の髭剃りブラシからうつったのよ。日本人ってよく注意しないのかしら、こわいわねえ。それからあたし、日本製は敬遠してるの」

221
「そんな簡単なわけにはいかないのよ」オリヴァ夫人は言った。「まず考えなきゃあならないでしょ。そして、考えるのは退屈なことよ。それから、筋を立てなきゃあならない。ところが、時々行き詰まっちゃうの。そしてその行き詰まりからどうにも抜け出せそうにないって気になる──でも、しまいに何とかなるの! 書くのってけっして楽じゃあないわ。他のことと同じように、辛い仕事なのよ」

222
「退屈なのはそれを書く時。これで書き終えた、六万語くらいかなと思って、数えてみると、三万語くらいしか書いていないのはしょっちゅうなのよ。そこで、殺人をもう一つふやし、女主人公がもう一度誘拐されることにしなきゃあならない……こんなことって退屈な仕事よ」

234
「生きるのはむずかしいことですよ。わたしの年になったら、わかります。限りない勇気と忍耐が必要なのです。そして、死ぬ時になって、誰もが、“人生にそんな値打ちがあったのかしら”って、疑うんです」

246
「あなたは私の言うこと、おわかりになっていません。私は殺される人のことを言ってはいません。殺す人の心に起こる変化を申しておりますんです。人間を殺せるという心の持ち方について、です」

「戦争では、たしかに、個人的な判断を行使して殺人するのではありません。しかしだからこそ戦争とはもっとも危険なものなのです。戦争では人間は相手を殺すことに正当な理由をつけられます。このように、人間が他人の生死を左右できるという考えに、一度でも取りつかれたものは、もっとも危険な殺人犯人になりかかっているのです──利益のためでなく──思想のために人を殺す──こんな人ははなはだ傲慢な殺人犯人です。そういうひとは全能の神の権能を奪いとったことになります」

248
「手の札は開けて置く(カーズ・オン・ザ・テーブル)。これがこの事件のモットーでしたよ。」

255
「冬になると時々外国に行くほかは大部分ロンドンで暮らしています。外国といっても、リヴィエラとかエジプトとかいった一流の土地です。」

66
「エジプトのホテルでしたよ──たしかルクソールのウィンター・パレスだったかしら」

266
「オリヴァさん、お手柄でしたね。あなたの作品のひょろ長いラプランド人の探偵より、ずっと素晴らしかったですよ」
「フィンランド人ですわ。彼、どうせ馬鹿な探偵ですけど、皆さんに人気があるのよ。」

297
「このポアロっていう人、頭がいいと思う?」
「シャーロック・ホームズみたいには見えないわね」

かくてその日の午後から三時には、ローダ・ドーズとアン・メレディスは、ポアロのきちんと片づいた部屋で、澄ましこんで椅子に腰かけ、古風な形のグラスに注がれたブラックベリーのシロップを、少しずつすすっていた。二人ともブラックベリーは大嫌いだったが、礼儀をわきまえていたので断れなかった。

303
「短剣です、お嬢さん、十二人の人々が、一人の男を指したという短剣ですよ。ワゴンリッツから記念品としてもらったものです」

392
よく指摘されるように『ABC殺人事件』のなかに、本書の予告篇のようなエルキュール・ポアロのせりふが見いだされる。
「四人の人間がブリッジをしていて、それに加わらない一人が煖炉のそばの椅子に座っている。夜更けになって、暖炉のそばの男が死んでいることが発見される。四人の一人が、ダミーになって休んでいるときに、そこにいって彼を殺したが、ほかの三人はゲームに夢中になっていて気づかなかった。ああ、それがあなたにふさわしい犯罪ですよ!四人のうちのだれがやったのか?」

395
ここがブリッジの非常に得意な点だが──攻撃側の一人は持ち札をすべて卓上に表向きにさらし(カーズ・オン・ザ・テーブル)、どの札を出すかは一切パートナーに委ねて、休み(ダミー)としてプレイには参加しない。プレイの段階では、常に四人のうち一人は抜けるわけだ。


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