
『引き出しに夕方をしまっておいた』
ハン・ガン
きむ ふな、斎藤真理子 訳
CUON
ノーベル文学賞をとったことで注目されているハン・ガンの詩集。
もともとハン・ガンは1993年に詩人としてデビュー、作家デビューの1994年よりも早い。
この詩集はデビューから20年経った2013年刊行(日本語訳は2022年)。20年で書いた詩をおおむね執筆年代を遡る形で構成されているという。
韓国ではとても詩が盛んで若い人でもお気に入りの詩集のひとつやふたつあるという。
その背景については巻末の訳者おふたりの対談に詳しい。
日本が80年代に現代詩からコピーライティングの時代に移っていったのに対し、厳しい時代が続いた韓国では表現の武器として現代詩があったと。
(スッとかわされているけど斎藤真理子さんが韓国で詩集を出しているというのは驚き。)
『引き出しに夕方をしまっておいた』というタイトルがもうすばらしいけれど、ここで「夕方」と訳されている「저녁」は、日本語の夕方よりも時間の範囲が広く、夕方と夜、両方をさす単語で、別の詩では「夜」と訳されていたり、訳者おふたりで「これは何時頃だろう」と話し合いながら訳していったそう。
韓国詩以前に現代詩にもあまりなじみがなく、かつハン・ガンなので、全体的にどう受け止めていいのか難しい。そもそも解釈したり理解するようなものでもないのだろうと思われ。それでも小説やエッセイと同じく、死と再生が色濃く感じられます。
白い茶碗に盛ったごはんから
湯気が上るのを 見ていた
そのとき 気づいた
何かが永遠に過ぎ去ってしまったと
今も永遠に
過ぎ去っているところだと
ごはんを食べなくちゃ
「ある夕方遅く 私は」
以下、引用。
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韓国ではある時代に新しい主張や発言をおこなうのは、小説ではなく詩が先でした。詩は文字の量が少なく、思いをそのまま表現することができるので速効性があります。散文の小説はまず作者がそれを内面化する必要がありますね。だから、書くにも読むにもある程度の時間と努力が必要になります。どうしても詩より遅れてしまいがちです。
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言論弾圧によって出版社も著者も住所を転々とするようなこともあったでしょうし、それを考えても詩集のほうが出しやすかったんじゃないでしょうか。活版印刷の時代だから小説より詩のほうが使用する活字が少なくて済みますし、組版や校正もしやすいから短期間で本を刊行することができます。机の前に座って長編小説をじっくり構想して書くことが困難だった時代に、小さな作品を作っては投げ、作っては投げる詩人たちがいて、それを受け止める読者がいた。詩は、そういう状況に非常に適した表現の武器だったとも言えます。
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やはり韓国で詩が盛んに書かれ、読まれてきたのは、厳しい時代が続いたからということは絶対に言えると思います。植民地時代もそうですし、朝鮮戦争とその後の時代もそうです。定型詩ではなく、自由詩で、いま自分たちが思っていることを言葉にして分かち合うことを必要とした人たちの層が、歴史的にあったわけですよね。
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ハン・ガンは一九七〇年生まれ、一九九三年に季刊誌『文学と社会』で詩人としてデビューしています。
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ハン・ガンの詩で「時間」は重要なテーマですよね。とくに暗くなる前とか明るくなる前とか、何かの前の時間を大事にしています。
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