
『黒革の手帖』 上・下
松本 清張
新潮文庫
『紙の月』に続いて女性行員横領もの。超有名な作品ですが、ちゃんと読むのは初めて。
1980年の作品で、土地転がし、脱税、不正入学など、バブル前の欲望渦巻く雰囲気がよく出ています。何度もドラマ化されていて、その度に現代風にアレンジされているのだと思いますが、基本的にはこの時代背景があってこそ成り立つ物語だなと思います。
銀行から横領した金で銀座のママに転身したところから物語が始まるので、残念ながら思っていたほど横領の話は出てこなかった。この頃は架空口座や無記名口座が法律で禁止されてなかったことにまず驚きます。
「優生保護法」とかもさらっとでてくるんですが、これが1996年まで存在していたことも今考えると怖い。
バア「カルネ」がある銀座よりも、赤坂のホテルや原宿のビル、医科進学ゼミナール、法務局港出張所などの描写が細かく、そのまま聖地巡礼できそうですが、おそらく現存しない建物が多そうで、今はなき時代の風景が感じられます。
赤坂見附のYホテルのモデルは立地と描写からすると、赤坂エクセルホテル東急(東急赤坂ビル)。2023年に閉館しています。
(上巻276)
元子は、地下鉄の赤坂見附で降りてコンクリートの階段を上った。午後四時半だった。
路上に出た正面に十五階のYホテルがある。一、二階がテナントの商店街で、そのならんだ陳列窓の賑やかさが、車の混雑する大道路を隔てたこちらからもよく見えた。一階のホテル入口はせまく、突き出た飾り日覆い(テント)の下に赤い服のドアマンが立っていた。
主人公の元子は美人というわけではなく、頭がいいというよりは銀行員時代に培った地道な調査と金勘定、度胸の良さで男たちから金を巻き上げていきます。
悪女ではあるけれど、悪どいことをして稼いだ金を奪って何が悪いと、男たちにひとりで立ち向かっていこうとする姿には惚れ惚れするところもあり、彼女が追い詰められて行く後半は読んでいて辛かったです。
せっかく横領した金で小さなバアのママになったんだから、まずはその店を繁盛させてからもっと大きな店をめざせよとは思いますが、お金を稼ぐことより奪いとることに夢中になってしまう感じが哀れです。
色気で男を籠絡し、金を出して保護してもらう波子とは手段が対局ではありますが、結局のところ、元子も波子も男たちのホモソーシャルに踊らされた感があり、嫌な読後感が残りました。
昭和の男性作家による小説ですから、これも時代を反映しているわけですが。
(下巻296)
赤坂から青山通りへ出て、表参道へ折れる。これも赤い尾灯の流れの中だ。対向車の眩しい光の殺到。両側の照明の輝き。銀杏並木が影絵で浮き出ている。その下で人々のそぞろ歩き。女たちの上半身はほとんどが半裸体だった。感覚の馴れた日常的な風景も、こんな気持ちのときには妙に遠く、新しく映る。
以下、引用。
(上巻)
26
「恋人に貢いだとお考えになってるんでしょう。それが預金使いこみ女子銀行員のこれまでのパターンですからね。」
40
「愉しかった、愉しかった。旅先ではイタリアの女性と恋愛したりしてね」
49
その着物だが「燭台」にいるときはいつも小紋だったのに、いまは淡い黄色の地に草花を散らしたつけさげ、これを錆朱の蝶模様が入った黒の帯で引き締め、その帯の隙から帯揚げの若竹色を利かせている。
59
同僚らが結婚で次々と辞めてゆくのを傍観しているうちに、元子は女子行員の最古参者となった。仕事にうちこんだのも男の行員らに「売れ残り」と見られていることへの意地からであった。彼らの白い眼にむかって、だれが辞めてやるものかと対抗した。結婚した同僚が離婚したり、家庭がうまくいかないなどの噂を聞くと胸の中が明るくなった。
67
「あの中では波子という女の子がいちばんいいわ。顔もわりときれいだし、はなやかな感じだわ。いくら整った器量でも、寂しい顔の子はダメなんです。」
84
午前二時の街は車が少なく、途中の信号待ちが無意味なくらいで、市ヶ谷まで二十分とかからなかった。お濠端の反対側に折れて急な坂を上った。大きな印刷工場があって、そこだけは眩しいくらい灯がついていたが、べつな坂道へ向うと、寝静まった、暗い、路地のような横丁だった。
92
約束どおり翌日の午後五時、元子は手土産をもって赤坂の六階建マンションに波子を訪ねて行った。そこは高台で、マンションも半年前に建ったばかりという新しさ、チョコレート色の化粧煉瓦は、話に聞くロンドンかアムステルダムの高級住宅のようであった。
一階には貸店舗のレストラン、喫茶店、花屋などが派手にならんでいた。エレベーターで五階に上り、緑色の絨毯を踏んで廊下を左に歩いたが、それが一流ホテルのようで気圧された。もうあたりはスチームの暖気に包まれていた。
93
部屋を案内してくれたが、ゆったりとした四つのルームが連続していた。一つは洋風応接間、一つはキチンと食堂、一つは八畳の和風客間、最後は寝室だがこれは見せてもらいなかった。美しいタイルの浴室もトイレも余裕たっぷりだった。
104
アパートの窓の半分上を、青磁のように冷たく澄んだ空が占めている。下に灰色のこみいった低い屋根の群れと、多少の木立。この高台の下が谷で、その向うに東大教養学部の森があって、梢の群れが煙のようにぼかされている。
142
優生保護法第一章第一条には「この法律は、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護することを目的とする」と書かれてある。
147
四時五十分に元子は銀座のS堂に行った。二階の喫茶部は広くて、化粧品のように瀟洒ていて、舶来品のように高尚な雰囲気だった。
160
「そうね。わたしたちは愉しいことをしに行くんですからね。」
195
外神田の寂しいビルの灯が流れている。前を走る車が多く、その赤い尾灯(テイル)の列が、たったいまの成功を祝ってくれる提灯行列のように見えた。
197
「おう。ママ、どこで浮気していた?」
「浮気なんかしませんよ。だれも相手にしてくれませんもの」
270
「研究」となれば、古週刊誌くらいでは間に合わなかった。元子は、近くの区立図書館に行き、新聞の綴じ込みを繰って必要なところをコピーしてもらった。
276
元子は、地下鉄の赤坂見附で降りてコンクリートの階段を上った。午後四時半だった。
路上に出た正面に十五階のYホテルがある。一、二階がテナントの商店街で、そのならんだ陳列窓の賑やかさが、車の混雑する大道路を隔てたこちらからもよく見えた。一階のホテル入口はせまく、突き出た飾り日覆い(テント)の下に赤い服のドアマンが立っていた。
(下巻)
72
あくる日の午後、元子は東麻布二丁目の法務局港出張所に行った。
タクシーで行ったが、場所がちょっと分りにくかった。狸穴のソ連大使館の裏側で、坂道を下って右や左に曲る。運転手も道順を人に訊かねばならなかった。
法務局港出張所は、レストランにしてもいいくらい、ちょっとしゃれた白亜の二層建築だった。事務所は二階にあり、道路面から斜めについた石段を上った。
73
石段を降りて行くと、近所には司法書士の看板を出した間口のせまい家がならんでいる。
103
灯が入ると活気を帯びる原宿の「ファッションの街」も、昼間はふつうの通りとそれほど変りなく、両側の新緑の銀杏並木と商店の列の間を、若い男女が通行人の間にちらちらしているだけだった。ただ、銀杏並木の下に駐めてある車はスポーツ・カーやしゃれた外車などが目立つ。
原宿の様相は急激に変貌しつつある。新しい建物が次々とふえ、一年くらい見ないで行くと、まるでよその土地を訪れたようである。
明治通りの表参道入口から原宿駅のほうへ向うゆるやかな上り勾配の途中、左側にもビルの新築・改築がつづいているが、その一つにチョコレート色の化粧煉瓦で装った六階建があり、正面には「信栄ビル」の金属文字がならんでいた。
130
新宿区喜久井町四一六番地。
「大久保から飯田橋へ向う道の途中に、若松町というバス停がある。それを北へ坂道を下りて行く。下りた突き当たりが喜久井町だ。ちょうど早稲田通りの南側になる。そのへんで本校の名を聞いてもらえばすぐに知れる」
131
若松町のバス停から北へいったん下った道は、その谷から隆起した喜久井町の高台へと上っている。「医科進学ゼミナール」はその高台の斜面にある白い学校ふうな建物で、外観は小さいながら大学の校舎かと思われるくらいだった。
159
こうした事態に進展しかねないのを恐れたからこそ、東林銀行千葉支店の藤岡市支店長、村井次長らは、七千五百六十八万円の行金横領を黙認したのだ、と元子はいまさらのように思い出す。その想い出は、この初夏の微風のように爽快なものだった。
162
元子は、村井次長が云ったように「ずぶとい女」とも、また楢林院長が云ったように「したたかな女」とも、自分では思っていない。自分の心の自然な進歩だと考えている。顔も肉体も変らないように、そしてそれが年を重ねてゆくように、自然の経過だと思っている。心の土台は違わない。気持ちも二十一、ニのころと変らないのである。
166
豊川稲荷は、青山通りが赤坂見附の坂にかかるところにある。その高みの石垣は車の奔流する川の岸辺といった感じだった。豊川稲荷と墨で書いた真赤な提灯が本堂の軒先にずらりとならび、境内の茶店にも同じ赤提灯が張りめぐらされてあるので、まるで歌舞伎の舞台を見るような華やかさだった。
正面は破風造りの本堂である。赤い鳥居は寺のわきにある玉垣の中だった。火焔宝珠の付いた幟が無数に立つ石だたみの狭い参道がある。正面には祠があった。
276
四千万円を得るには、今後どれだけかかるかわからない。失ってみてはじめてその大金の価値がわかってくる。金銭は持っている間はそれほど多いとも思わ布ものだ。もっとふやしたいと考えるため、いつまで経っても財産が少ないように見える。金を失ったとき、その慢性意識をはじめて思い知らされる。
296
赤坂から青山通りへ出て、表参道へ折れる。これも赤い尾灯の流れの中だ。対向車の眩しい光の殺到。両側の照明の輝き。銀杏並木が影絵で浮き出ている。その下で人々のそぞろ歩き。女たちの上半身はほとんどが半裸体だった。感覚の馴れた日常的な風景も、こんな気持ちのときには妙に遠く、新しく映る。
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