2022/01/30

『夫婦別姓』

夫婦別姓 ――家族と多様性の各国事情 (ちくま新書)

『夫婦別姓 ――家族と多様性の各国事情』
栗田路子、冨久岡ナヲ、プラド夏樹、田口理穂、片瀬ケイ、斎藤淳子、伊東順子
ちくま新書

2021年の衆議院選挙のときに争点のひとつとなった「選択的夫婦別姓」。結果としては、すぐに夫婦別姓を推進するほどの票差ではなく、まだまだ道のりは遠いなと感じました。

私が20代のころは「あんたが結婚するころには夫婦別姓が選べるようになってる」と言われたのですが、結婚もしなかったけど、夫婦別姓も実現してないですね。

当時の同級生たちは次々と結婚して名前が変わり、すでに結婚後の苗字のほうが長くなっている人も。彼女たちに葛藤があったのかなかったのかは知りませんが、年賀状とかくるたびに旧姓も書いてくれないと誰が誰だかすぐにはわかんないなと思っておりました。

そんななかで一人、イギリス人と結婚した友人は私と同じ苗字だったんですが、チアキ・ヒラノ・カンバーバッチみたいな名前になっていて(適当なネーミングですみません)、旧姓を捨てることなく、新しい名前というのが新鮮でした。

1980年代ごろから2000年代にかけて各国とも法律を変更しており、今では夫婦同姓を法律で規定しているのはなんと日本だけ。
本書では、イギリス、アメリカ、フランス、ベルギー、ドイツ、中国、韓国とそれぞれの国で暮らすライターたちが各国の現状をレポートしています。

結婚しようがしまいが名前が変わることのない中国、韓国、ベルギー。結婚と関係なく好きなように名前を変更できるイギリス。別姓、連結姓のほか、好きな苗字を作ってしまえるアメリカ。

男尊女卑ゆえに母や娘は父系の姓を継ぐことがなく、結果的に別姓であった中国。宗教的な理由などで男性側の姓を名乗る率がまだまだ高い国など、歴史的な経緯もさまざま。
そもそも父系側の姓を男子が継ぐのも、相続されるべき土地や財産があり、相続によって分散させないために名前ごと受け継がれた時代の話。

離婚や再婚などで父親、母親、子供、全員の姓が違うなんていうのが当たり前の国もあったり。「同じ苗字=家族の絆」なんて考えがいかにばからしいか。

最終章の座談会では、経済、法律、政治の分野から選択的夫婦別姓の実現について検証しているんですが、なかなか進まない現状が見えてきて、まだそんなことやってるのかという気分になります。

2022/01/26

『ラヴソング』

 『ハリー・ポッター』同窓会のためにU-NEXTに登録してみたところ、『ラヴソング』が配信されていたので思わず見てしまう。

もう2、3回見てると思うんだけど、10年にわたる男女の恋模様、変わりゆく香港、随所で流れるテレサ・テン、この構成がうまくて、なんか好きなんですよね。

『グッバイ・マイ・ラブ』の使い方とか、ラストとか、何度見ても良い。

1996年の公開作。今見ると中国返還前の「私たちこれからどうなるの」という不安感、この後低迷する香港映画ラストのきらめきも感じられます。

2022/01/16

『クララ白書I』

クララ白書I (集英社コバルト文庫)

『クララ白書I』
氷室冴子
集英社コバルト文庫

某所で『クララ白書』の名前を聞いて、「どんな話かほとんど忘れたけどドーナツ揚げてたよね」と盛り上がり、再読してみたいと調べたのですが、現在普通に手に入るのは2001年のコバルト文庫新装版のみ(それも紙の本は絶版のようでKindle版のみ)。

こちらは氷室冴子自身によって1996年に加筆修正されていて、携帯やネットなど「現代風」に多少変更されているようです。

オリジナルは1980年発売。オサムグッズの偽物みたいな表紙だと思ったら原田治本人でした。こっちが読みたかったんだけど図書館にも2001年版しかなかったです。
(2001年版表紙イラストは谷川史子。意外と中のイラストも雰囲気あってました。)

加筆修正されていることもあるかもしれませんが、今読んでも普通に読みやすくておもしろい。恋愛とかほとんど関係なく(ボーイフレンドが出てくる程度。ボーイフレンドだよ!)、女の子たちがただわちゃわちゃしている感じが、古き良きコバルト感。

吉屋信子とか古事記とか文中に出てきますが、氷室冴子という人は古典や海外の少女小説、少女漫画への憧れをベースに「コバルト文庫」という新しい少女小説を作り上げた人なんだなあと今更ながら思いました。もちろん彼女一人ではなかったけれど、氷室冴子やコバルト文庫がなかったら、今に続くライトノベルや「なろう系」なんかもなかったのではないかと。

2022/01/02

『イルマーレ』

 

  全日本フィギュアを見るためにFODに登録したのでちょこちょこ動画を見てます。配信って便利だな。

『イルマーレ』は2000年公開作なのでもう20年も前。『シュリ』とか韓国映画が話題になり始めたころですね。

『猟奇的な彼女』のチョン・ジヒョン主演。サンドラ・ブロック主演でハリウッドリメイクもされてます。

今見るとタイム・パラドックスとしてはいろいろ難ありなんですが、シャレオツ過ぎる映像とチョン・ジヒョンはやっぱり綺麗だなというのと、海辺の家がじつは孤独の象徴でもあるんだなと。なんだかんだ好きな作品です。

『「女性天皇」の成立』

「女性天皇」の成立 (幻冬舎新書)

『「女性天皇」の成立』
高森明勅
幻冬舎新書

KK騒動にはまったく興味がないのですが、本来なら「おめでとうございます」と言われるはずの会見の席で、眞子さんが「心を守る」と発言していたことにびっくりして、会見動画を見てみました。

そもそも女性が天皇になれなくなったのはいつからなんだろう、歴史的には持統天皇というすばらしい前例もあるのに、と思って調べてみましたが、出てくるのは

『なぜ女系天皇で日本が滅ぶのか』
「「男系」とは、父親を遡っていけば必ず神武天皇に辿りつくという皇統の唯一のルールである。これを廃し、仮に女性天皇が中国人とご結婚されれば皇統は「中国系」となり、韓国人となら「韓国系」となり、イギリス人となら「英国系」になる。」とか、
『天皇の遺伝子 男にしか伝わらない神武天皇のY染色体』とか、もうタイトルだけでウンザリするようなものばかり。
比較的まっとうそうなこちらを手に取ってみました。(著者は神道学者、皇室研究者とのことですが、中国を「シナ」と表記していたりするので、一定のバイアスはかかっていそう。)

わかったのは天皇が男系男子に限定されたのは明治22年(1889年)の皇室典範より。古代の6人のほか、江戸時代にも2人、女性天皇がいる。

さらに昭和22年(1947年)の皇室典範で非嫡出子を皇位継承資格から外したことで、天皇の正妻が必ず男子を産まなければいけないという重いルールが課せられる。
(大正天皇は側室の子。現在の上皇は昭和天皇の5番目の子で、初めての男子)

天照大神が女性神であるというのはたしかに言われてみればという気がしますが、神武天皇と同じく神話の範囲だからなあ。

私は「万世一系」など初めから信じていないし、そもそも天皇制が存続する必要がどこまであるのかと思ったりするのですが、そこまでいうと話が大きくなりすぎるのでやめておきます。

愛子さんが天皇になりたがっているとも思われないし、皇室を離れたとはいえ、眞子さんが男の子を産んだりするとまた騒動になるんだろうなとか。皇族とは結婚相手や職業を選ぶ自由を著しく制限されているんだとあらためて思ったり。ただ男系とかY染色体とかが女性天皇を阻む理由ならそれはもうそこから打破していってほしいと思います。

2021/12/30

『アルバイトの誕生』

アルバイトの誕生: 学生と労働の社会史 (988;988) (平凡社新書 988)

『アルバイトの誕生 学生と労働の社会史』
岩田弘三
平凡社新書

今年ラストがこれでいいのかという感じですが、タイミング的にこれが読了しました。

戦前は苦学生のための「内職」と呼ばれたアルバイトが、学費や生活費のためではなく小遣い稼ぎのためのものになり、日常化していく変遷をデータから追う。

社会学者の書いたものなので、学生の経済状況や収入額、アルバイト時間、支出の内訳などデータを丁寧に追っているところは感心するものの、それだけでは見えてこない学生の本音や問題点への突っ込みは薄い。

私はデータでいうと、アルバイト収入額のピークとなる1992年あたりにまさに学生アルバイトだったわけであるのだが(学生支出における娯楽嗜好費もここらへんがピーク)、それはここで書かれているように遊びやファッションの出費のためだけではなかった。
当時友達と言っていたのは「学校、サークル、それとは別の場所としてのバイトがあって、それぞれが三角形を描くようになるといいね」ということだったと思う。経済的な理由というより、今でいうサードプレイス?ちょっと意味は違うけど。

最後のほうで出てくる「ブラックバイト」とか、バイトに正社員並みの責任を負わせる企業とか、モラトリアムとしてのアルバイトとかあたりがおもしろいポイントだと思うので、ここらへんもっと現場からの検証が欲しかったところ。

企業による「感情管理」の話が気になるけど、いつから「客に嫌な思いをさせられても笑顔で礼儀正しくすること」が職務として求められるようになったのかなあ。それって本当に仕事として必要なのかなとちょっと思ったり。

「上から目線」と言われているけど、「店員に対する敬意を忘れない」ためだけでも学生時代に接客バイトはやっておいたほうがよいと思う。


2021/12/18

『ジョゼと虎と魚たち』

ジョゼと虎と魚たち (角川文庫)

『ジョゼと虎と魚たち』
田辺聖子
角川文庫

「男の家に遊びに行って本棚に何の本があったら嫌か」という上から目線の話をしたことがあったのですが、そのときに「田辺聖子の本があったらちょっといいかも」という意見がありました。
田辺聖子は写真では人の良さそうな大阪のおばちゃんといった雰囲気ですが、小説を読むと相当な恋の上級者。実生活では友人が亡くなったあと、葬式で知り合った友人の旦那さんの後妻になっているので、そこらへんも上級者ぶりが感じられます。
ダメな男を許してしまうダメな女とか、恋愛のだらしないところを「しゃァないな」と受け入れてしまう感じがとてもよい。
六甲のホテルとか、瀬戸内海の海が見える別荘とか、京都の看板の出ていない料亭とか、舞台がずいぶん贅沢なのだが、それが嫌味にならず、「人生のおいしいものを知っている」人に見える。
表題作『ジョゼと虎と魚たち』は犬童一心監督の映画版が有名ですが、私はあまり好きではなく、これが田辺聖子原作?と思っていました。原作はやっぱりだいぶ違って二人のいびつな関係をそのまま描いています。(映画版だとこのいびつな関係にいろいろ理由をつけて「純愛」にしているところが落ちつかない。)
「あたまの悪い男や思いやりのない男に「すてきなセックス」ができるはずはないのだ。」という文章を読むと、やはり男性の本棚にひっそり田辺聖子が置いてあったらちょっといいかもと思う。