
『なつのひかり』
江國香織
集英社
江國香織の初期の作品、『きらきらひかる』とか『ホーリーガーデン』とか『こうばしい日々』とかが好きで、これはラファエルの天使たちの表紙に惹かれて発売当時に買ったもの。1995年初版本。
(文庫版の表紙も天使なので何か意味があるんだろうけど、本文には出てこず。)
しかし、あまり好きになれず、一、二度読んでそのままにしており、引っ越しのさいに処分しようと思ったものの、夏にもう一度読んでからにしようと放置。やっと今年の夏に再読しました。
帯には「1993年の夏」となっているのは雑誌掲載が1993年だったからなのかもしれないが、特に本文中には何年の物語という記載はなし。しかしながら当然というか、1993年の夏は今よりずっと涼しい。猛暑の中読んでいると違和感を感じるほどでした。
(12ページ)
しゃくなげの咲いている家を通りすぎ、三輪車の置きざりにされたアパートを右に曲がって、大通りにでる。私は、日陰のない道を歩くのが好きだ。あかるすぎて、時間がとまっているように見える。白っぽい風景はめらめらと温度をあげ、街の音をどこかに閉じこめてしまう。
(147ページ)
子供の頃、夏の夕方が好きだった。自由と不自由のあいだみたいな、心もとなくて不安な感じが好きだった。
心のどこかで、自分でもそれとわからないうちに、夏の夕方には淋しさを好んで味わっていたような気がする。
ファミリーレストランとバーのバイトを掛け持ちしながら、昼間は野菜売りのおばさんの屋台で本を読んで過ごす。江國香織の登場人物のこのフワリとした生き方、ああこの感じは好きだったなと思いながら読む。
隣の少年が飼っているヤドカリにストーカーされたり、義理のお姉さんが家出したり、物語はだんだんと奇妙な方向へと動きだし、このあたりからついていけなくなり、ああこれがダメだったんだなと思い出す。兄に対する近親相姦的な愛情もよくわからない。(吉本ばなな、川上弘美、現代女性作家の作品にブラコンの主人公多くないか?)
こういう奇妙な物語は「現代版不思議の国のアリス」とか言われがちだけど、ようするに訳がわからないということ。ちょっと変わった登場人物たちがどんどん変な世界へ進んでいってしまう物語は初期の村上春樹っぽい感じもある。これは当時の江國香織が村上春樹っぽいものを書きたかったわけではなく、1990年前半という時代がどこへ行くのかよくわからない、そういう雰囲気の時代で、それを反映しているのかなとも思います。
小説全体の完成度が未熟なところはありますが、まだ洗練されていない不器用な江國香織が懐かしくも感じました。
以下、引用。
8
私は来週二十一になる。お風呂の中でそのことを考えた。二十一。二十一といえば、七歳の子供三人分の人生量だ。私はちょっと茫然とする。七歳までに見たもの、聞いたもの、学んだこと、決めたこと、の三倍も、見たり聞いたり学んだり決めたりできるだけの時間。
12
しゃくなげの咲いている家を通りすぎ、三輪車の置きざりにされたアパートを右に曲がって、大通りにでる。私は、日陰のない道を歩くのが好きだ。あかるすぎて、時間がとまっているように見える。白っぽい風景はめらめらと温度をあげ、街の音をどこかに閉じこめてしまう。
14
私は、夏の昼間、ブラインドをいつも閉めておく。部屋の中が水槽のようになるのが好きなのだ。
22
「こんにちは」
私はそのクリーム色の壁の、二人の頭上五センチ程のところを見ながら言った。
40
ヘルクレス座はだいぶ高い位置にのぼり、月も中空に青白くひっかかっている。私は急に、遠吠えがしてみたくなる。オオカミみたいに、コヨーテみたいに。
63
「私があなたのどこを好きかっていうとね、こんな風に、人の話をあんまりきいていないところだわ」
64
「さあ。でも、まだセイント・ジャックス・ホテルには帰れないわ」
「ひろちゃんが読んでいた本にね、そういうセリフがでくるの。もうあとにはひけないっていう意味よ」
89
ただ、「男の人は欲しくないけれど子供が欲しい」というなつみちゃんの、「切実な気持ちはよくわかる」と他ならぬ遙子さんが言いだして、以来なつみちゃんは陶子のベビー・シッターみたいになっている。
116
「セ・ラ・ヴィだよ、お前」
あのとき兄はそう言って、檻の中のチンパンジーに微笑みかけた。
「人生なんてそもそも手違いだ」
147
子供の頃、夏の夕方が好きだった。自由と不自由のあいだみたいな、心もとなくて不安な感じが好きだった。大抵一人で遊んでいて、そろそろ帰る時間なのはわかっていて、帰ればなつかしい人や安心な場所が待っているのもわかっていて、それでももう少しだけ、あとほんの少しだけおもてにいたいといつも思った。心のどこかで、自分でもそれとわからないうちに、夏の夕方には淋しさを好んで味わっていたような気がする。
151
青かった空は随分白っぽくひろびろとなり、あたりには夏の夕方特有の、とろとろした哀しみがしのびよっていた。
244
随分前の話だ。私はまだ子供で、朝からずっと雨が降っていて、カエルがたくさん鳴いていて、私は私の恋のお葬いをした。
それはまだ息をしていたので、お葬いというよりも生き埋めだった。かなしくはなかったけれど、少し苦しかった。

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