2024/11/28

『別れを告げない』

別れを告げない (エクス・リブリス)

『別れを告げない』
ハン・ガン
斎藤真理子 訳
白水社

まずはハン・ガンのノーベル文学賞受賞を喜びたい。
しかしながら「アジア人の女性でなんか賞とった人いるでしょ」といった問い合わせを受けるたび、この程度の興味で手に取った人がハン・ガンの重さを受け止められるのだろうかと心配になる。(もちろん、なんにせよ関心をもってくれるのはいいことなのだけど)
光州事件を扱った『少年が来る』に続き、『別れを告げない』では1948年に起きた済州島四・三事件がモチーフ。
死者を含めて事件の当事者たちに憑依したような『少年が来る』とは異なり、『別れを告げない』はなかなかに複雑な構成になっている。
ハン・ガン自身が投影されていると思われる主人公キョンハは、「あの都市で起きた虐殺に関する本」を書いたことにより悪夢に悩まされ、自殺さえ考える。
『少年が来る』は読む側ですら悪夢を見そうな作品なので、書いた側が影響を受けてしまうのも無理はない気がする。
キョンハが友人インソンから頼まれて済州島に向かうところから物語が動きだすのだが、雪が降りしきり、交通が悪化する中、済州島の家にたどりつくまでで本書の三分の一にあたる100ページ以上かかるのだ。
私は2014年の大雪の時に山梨に向かったことがあるのだが、自分が進んでいく後ろから道が閉ざされていくような感じを思い出す。バスがまだ動いていることに感謝しつつ、これを逃すともうたどり着けない状況。バスを降りてから積雪に埋もれながら歩き続けたこと。
済州島にたどりついてからは、済州島四・三事件の生き残りであるインソンの母と父の話が断片的につづられていく。
古い新聞記事だったり写真だったり、インソンが聞いた話だったり、ひとつひとつがつながって形を成していくまでに時間がかかる。
(75ページ)
母さんが小さいとき、軍と警察が村の人を皆殺しにしたんだけど、そのとき国民学校の最上級生だった母さんと十七歳だった伯母さんだけが、海の近くの親戚の家にお使いに行って泊まっていたので助かったと、母さんは言っていた。翌日、姉妹二人は知らせを聞いて村に戻って、午後じゅうずっと国民学校のグラウンドをさまよい歩いたんだって。両親と兄さんと、八歳だった妹の死体を探してね。
こうした複雑な語りを選択したのは、長らく隠蔽されてきた済州島事件の性質にもよるものだろうし、この作品を書くこと自体がハン・ガン自身の回復の過程であったからのように思われる。
斎藤真理子さんの解説によると『別れを告げない』というタイトルは「哀悼を終わらせない」という意味だという。
韓国の歴史が光州事件や済州島事件のようなトラウマを抱えていること、ジェノサイドは韓国に特殊な事件ではなく、「人類が長い歴史の中でずっとくり返してきた」ものであること、「このような人間の本性について問いかけることをやめずにいたい」というハン・ガンの決意。
(319ページ)
哀悼は単に忘却に抗うためでなく、今を生きて未来を作るためにある。
(320ページ)
「書きながら、死から生へ、闇から光へと自分自身が向かっていることを発見した。光がなければ光を作り出してでも進んでいくのが、書くという行為だと思う」
『少年が来る』のような深い海に潜っていくような息苦しさはないものの、雪が降り積もる夜に閉じ込められるような読書体験で、なかなか読み進めなかったのだが、図書館から「他に借りたい人がいるから早く返せ(意訳)」と督促されてしまったので(当然ですね)、後半は一気読み。
個人的には本書を書き上げたことで「作家が悪夢を見ることがなくなった」という解説に救われるような思いがした。

以下、引用。

16
ある人々は去っていくときに自分の最も鋭利なナイフを取り出すと、私たちは経験で知っている。近ければこそ正確に知り抜いている、相手の最も柔らかいところに切りつけるために。

21
翌年の一月、原稿を完成させて出版社を訪ねた。できるだけ早く本を出してくれと頼むためだった。愚かにも、本を出せばもう悪夢を見ないだろうと思ったのだ。

今ではむしろ疑問に思う。虐殺と拷問について書くと心を決めておきながら、苦痛はいつか振り切れるだろう、痕跡は簡単に消し去れるだろうと、私はなぜそんなにも純情に──厚かましく──思い込んでいたのだろう?

33
すぐにでも雪を吐き出しそうな空の下、病院の向かいのコンクリートの建物群が冷たく湿った空気の中で固い体をすくめていた。

41
雪はほとんどいつも、非現実的なものに感じられる。速度のためか、美しさのゆえだろうか? 永遠と同じくらいゆっくりと雪片が宙から落ちてくるとき、重要なことと重要でないことが突然、くっきりと区別される。ある種の事実は、恐ろしいほど明白になる。例えば苦痛。遺書を書き上げたいという矛盾をはらんだ意志によってこの何か月かを持ちこたえてきたということ。自らの生という地獄をいっとき抜け出して友達を見舞っているこの時間が、妙に身に覚えのない鮮明な一瞬でもとして感じらららということ。

50
不思議だよね雪は。
どうして空から、あんなものが落ちてくるかな。

75
母さんが小さいとき、軍と警察が村の人を皆殺しにしたんだけど、そのとき国民学校の最上級生だった母さんと十七歳だった伯母さんだけが、海の近くの親戚の家にお使いに行って泊まっていたので助かったと、母さんは言っていた。翌日、姉妹二人は知らせを聞いて村に戻って、午後じゅうずっと国民学校のグラウンドをさまよい歩いたんだって。両親と兄さんと、八歳だった妹の死体を探してね。

80
雪は濡れたアスファルトの上に落ちるたび、しばらくためらうように見える。だよね……まあそうだよね……といつものように会話を締めくくる人のため息まじりの独り言のように、曲の終わりに近づくほど静寂に似ていく音楽の終止符のように、誰かの肩に載せようとしたが途中で止まり、どこへおろしたらいいのかとまどっている指先のように、雪片たちは黒く濡れたアスファルトの上に降り立つとたちまち跡形もなく消えてゆく。

84
雪の季節が去った後もしばらくは、眠りから覚めると目をつぶって考えた。外で雪が降っているかもしれないと。おなかを床につけてうつ伏せになり、退屈な夏休みの宿題を途中でやめて、部屋の中に雪が舞い落ちる様子を想像してみた。

97
雪のように軽いと人々は言う。けれども雪にも重さがある。この水滴みたいに。
鳥のように軽いとも言う。だが、彼らにも重さがある。

205
あんなに大勢の人がいたのに、服一着、靴一足もありませんでしたよ。銃殺した場所は夜の間に引き潮に洗われて、血痕一つなくきれいでした。だから砂浜で殺したんだな、と思いましたよ。

291
資料が集まって、その輪郭がはっきりしてきたある時点から、自分が変形していくのを感じたよ。人間が人間に何をしようが、もう驚きそうにない状態……心臓の奥で何かがもう毀損されていて、げっそりとえぐり取られたそこから滲んで出てくる血はもう赤くもないし、ほとばしることもなくて、ぼろぼろになったその切断面で、ただ諦念によってだけ止められる痛みが点滅する……

316
『別れを告げない』
ハン・ガンが、このタイトルは「哀悼を終わらせない」という意味だとはっきり述べているからだ。

317
そのことはニ六ニ頁でキョンハが「白いペンキをかけられて救急室に運ばれてきた人々」に言及していることともつながる。これは光州民主化運動の際、身元をわからなくするため重傷者や死者にペンキがかけられていたという事実が『少年が来る』には書かれていないことを指す。書くそばから、撮るそばからこぼれ落ちてしまう事実の重さを、インソンもキョンハも熟知している。

319
哀悼は単に忘却に抗うためでなく、今を生きて未来を作るためにある。

320
『回復する人間』で描かれたように、痛みを通じてこそ回復に至れるというハン・ガンの信念を改めて確認する思いだったのだが、実際、この作品を書くことで作家は自分が回復したと感じたそうである。そして、書き終えた後、悪夢を見ることはなくなったとも語っていた。

と同時に、同じインタビューで作家が「人類が長い歴史の中でずっとくり返してきたジェノサイド」について言及し、「このような人間の本性について問いかけることをやめずにいたい」と吐露していたことも忘れがたい。

「書きながら、死から生へ、闇から光へと自分自身が向かっていることを発見した。光がなければ光を作り出してでも進んでいくのが、書くという行為だと思う」


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