2022/11/10

『マンガ日本の古典 吾妻鏡』

吾妻鏡(上)―マンガ日本の古典〈14〉 (中公文庫) 吾妻鏡(中)―マンガ日本の古典〈15〉 (中公文庫) 吾妻鏡(下)―マンガ日本の古典〈16〉 (中公文庫)
『マンガ日本の古典 吾妻鏡』 上・中・下
竹宮惠子
中公文庫

佳境に入ってきた『鎌倉殿の13人』。
三谷幸喜が「実質、これが原作」と言ったという竹宮惠子版『吾妻鏡』を読んでみました。
『吾妻鏡』はもともと歴史書。軍記物の『平家物語』のようにわかりやすいストーリーがあるわけではないので、そのまま読んでもあまりおもしろくないのですが、そこは竹宮惠子さん、うまくまとめています。
『鎌倉殿』では実衣をときめかす琵琶の先生として出てくる結城朝光が、若いころから頼朝に仕えていたことがわかるので、頼朝亡きあとの「忠臣二君に仕えず」も重みが違ってきます。
佐々木や千葉の一族も挙兵のころから出てくるので頼家時代の不満とか理解しやすい。
上巻の表紙が頼朝、中巻が義経、下巻が実朝。
下巻の最初のほうで頼朝が亡くなるので、『鎌倉殿』を見てると下巻はだいぶ話が圧縮されている感があります。
『鎌倉殿』の畠山殿が「見栄えがいい」のは竹宮惠子版の影響でしょう。畠山重忠、17歳で頼朝の前に現れてから、武芸に秀でて公明正大、終始かっこいいです。
そのほか、実朝と和田朝盛(和田義盛の孫)の仲が『鎌倉殿』では泰時への片想いに変換されてます。
公暁と駒若のBL設定にはちょっと驚いたのですが、たしか永井路子の『北条政子』でもふたりの衆道が書かれていたはず。
定番の設定なの?と調べてみましたが、他には永井路子の『炎環』と『北条政子』を原作にした『草燃える』くらい。
『北条政子』が1969年で、竹宮惠子版『吾妻鏡』が1996年なので、永井路子の設定を竹宮惠子が踏襲したということでしょうか。
しかし、『マンガ日本の古典』シリーズ。カバーの一覧を見ると、さいとう・たかを『太平記』、牧美也子『好色五人女』、安彦良和『三河物語』とか豪華なラインナップですね!


2022/11/09

『戦争は女の顔をしていない』

戦争は女の顔をしていない (岩波現代文庫)

『戦争は女の顔をしていない』
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ
三浦みどり 訳
岩波現代文庫

2019年にコミック版が出たことと、ウクライナ戦争によって話題になりました。
原作は1985年に出版されたノンフィクション。第二次世界大戦中に従軍したソ連の女性たちの記録。
インタビューをしたのが1978年からとなっているので、戦後30年が経っている。さらにペレストロイカを経て、出版当時削除した部分などが2004年版で追加されている。
戦後長い時間が経っていることや、「話すのが怖い」こともあり、女性たちはすべてを正直に語っているわけではない。出征前に見た花とか、戦後に買ったワンピースなど、一見戦地とは無関係の話も多い。そういった話の上澄みから底にあるものの語られなかった存在が感じられる。
著者が「一つとして同じ話がない。どの人にもその人の声があり、それが合唱となる。」というように、いくつもの話から戦争をとおして生きること、死ぬこと、その人の人生が見えてくるような感じ。
「私がどういうふうに銃を撃ったかは話せるわ。でも、どんなふうに泣いたかってことは、だめね。それは言葉にはならないわ。」
「自分で話し始めても、やはり、事実ほど恐ろしくないし、あれほど美しくない。」
第二次世界大戦のソ連について、私は本当に無知で、作中のフランス人が言うように「多くの人がヒットラーに勝ったのはアメリカだと、そう思っています。」に近い。
16歳の女の子たちが自ら進んで出征したこと、故郷に残った人たちの多くが餓死で死んでいったこと、解放されたドイツ領地でソ連軍がしたこと、帰ってきた女性たちが白い目で見られ結婚もままならなったこと、捕虜になった人たちが戦後収容所に送られたこと。
訳者あとがきに『チェチェン やめられない戦争』の原本を著者が送ってくれたことが書かれていますが、『チェチェン やめられない戦争』の著者アンナ・ポリトコフスカヤは2006年に暗殺されています。
訳者の三浦みどりさんは2012年に病死。
2015年にアレクシエーヴィチがノーベル文学賞を受賞したことで、群像社から出ていた単行本が2016年に岩波現代文庫として刊行。
文庫版の澤地久枝さんの解説に中村哲医師の名前が出てきますが、2019年にアフガニスタンで銃撃により死去しています。
著者のアレクシエーヴィチはウクライナ生まれ、ベラルーシ出身。長い間、ベラルーシでは彼女の本は出版禁止となっていたそうです。
こういった経緯だけみても戦争はまだ続いている気がします。
原題は『WAR’S UNWOMANLY FACE』。どなたがつけたのかわかりませんが、邦題『戦争は女の顔をしていない』がすばらしいです。

2022/11/06

『少女ポリアンナ』

少女ポリアンナ (岩波少年文庫)

『少女ポリアンナ』
エリナー・ポーター
谷口由美子 訳
岩波少年文庫

小学生ころに外国の少女小説を片っ端から読んでいた時期があったんですが、なぜか『少女ポリアンナ』は読んでいませんでした(私の世代だと村岡花子訳『少女パレアナ』のタイトルのほうが馴染みがあります)。
某本屋にて児童文学棚の前で小学生くらいの女の子とお父さんが
父「『若草物語』や『赤毛のアン』とか読んだことがないんだけれど、これはどういう話なの」
女の子「『ポリアンナ』は「よかった探し」をするの」
父「よかった探し?」
女の子「もらったプレゼントが欲しかったものと違うとするでしょ。でも良かったと思えるところをみつけるの」
と話をしていて、この子、ちゃんと読んでいて、伝えられるのすごいなぁと感心して、話もおもしろそうだなと手にとってみました。
「よかった探し」、岩波少年文庫版ではたんに「ゲーム」となっていますが、訳によって「幸せゲーム」、「うれしい遊び」などいろいろ。原文だと「Glad Game」。
どんなことにも嬉しいことをみつけるポリアンナのゲームで、「この部屋には鏡がないけど、そばかすを見なくてすむから嬉しい」といった小さなものから、寝たきりの病人にも喜びをみつけるものまで。
ネットで検索すると「ポリアンナ症候群」、「ポリアンナ効果」という言葉が紹介されていて、「ポリアンナ うざい」という検索結果も出てきたりして、彼女のポジティブさは賛否両論なのだとわかります。
「よかった探し」の強度が試される後半が肝なんですが、ここはなんとなくハッピーエンドに落ち着いてしまって物足りない。
『少女ポリアンナ』が1913年、『赤毛のアン』が1908年。孤児が中年女性に引き取られて、明るさで周囲を変えていく、過去の恋愛が絡むといった設定がそっくりですが、パクったというより少女小説あるあるな設定だったのかもしれません。
最近の転生ものでは異世界やゲームの世界に転生しますが(現世でプレイしている乙女ゲーの世界に転生するってどういう世界線?)、私だったら1900年代のイギリスもしくはアメリカもしくはプリンスエドワード島の少女小説の世界に転生したい。
ギンガムチェックの服を着ておさげ髪でトランクを下げて駅に立ち、窓からすてきな景色が見える屋根裏部屋に住みたいと思います。

2022/11/05

『建築家 坂倉準三』

建築家 坂倉準三 モダニズムを生きる|人間、都市、空間

『建築家 坂倉準三 モダニズムを生きる|人間、都市、空間』
神奈川県立近代美術館
建築資料研究社

2009年に神奈川県立近代美術館で行なわれた『建築家 坂倉準三展』の図録をベースに、ル・コルビュジエの弟子時代、パリ万国博覧会日本館をはじめ、市庁舎、美術館、難波、渋谷、新宿のターミナル開発など、坂倉の設計をふりかえる。
小田急百貨店新宿店の(実質的)閉館にともなって、設計者・坂倉準三について調べていたのですが、小田急百貨店のみならず、新宿駅西口地下、東急文化会館などを含む渋谷ターミナル開発も彼の仕事だとわかり、私の都市風景はこの人によって作られたのかと驚愕しました。
解説によると、戦後、財政状態の逼迫している国鉄は民間資本を誘導し「民衆駅」の建設を計画。渋谷駅をつくったのは東急電鉄会長・五島慶太であり、坂倉は「五島王国」を設計した。
1970年代以降の再開発では「ディベロッパーが事業採算性を考慮して容積を決め、キーテナントを誘致し、ゼネコンがビルを建設する」。
坂倉準三は建築家が都市をデザインすることができた時代のただひとりなのではないか。
東急文化会館も今はなく、すっかり迷路と化してしまった現在の渋谷を思うと、都市計画って大切だなあと。
現在公開されている新宿西口の再開発も超高層ビルを建てることにどれだけの意味があるのか。
掲載されている写真を見ると新宿駅西口も増改築によりだいぶ変わっています。駐車場入口のところは昔は噴水だったことを思い出しました。そして床のタイルは水面のような同心円だったんですよね。今でも一部残っています。
『坂倉準三展』が開催された神奈川県立近代美術館は坂倉準三の代表作でもあるのですが、現在、鎌倉文華館鶴岡ミュージアムとなり、なんと「鎌倉殿の13人 大河ドラマ館」として使われています。これは、見に行かなくてわ。


2022/10/26

『くじ』

くじ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

くじ
シャーリイ・ジャクスン
深町眞理子 訳
ハヤカワ・ミステリ文庫

『ずっとお城で暮らしてる』のシャーリイ・ジャクスンの短編集。
『ずっとお城で』は、メリキャットの無邪気さ、お姉さんの潔癖さなどが次第に不穏な雰囲気を生み出してゆくのだけれど、一番怖かったのは村人たちの理由がよくわからない悪意。
『くじ』の短編はあちこちに人間の悪意が、時にあからさまに、時に目に見えない形で(このほうが怖い)ただよっていて終始ザワザワとした気分になります。
表題作『くじ』が発表されたのが1948年とのことですが、対象を決めたらいっせいになぶり殺しにかかるあたり、今見るとSNSいじめのような残酷さ。この頃からずっと人間は変わらないということでしょうか。
原題が『THE LOTTERY OR, THE ADVENTURES OF JAMES HARRIS』とあるように22篇の短編のあちこちにジェームズ・ハリスという謎の男性が登場します。
訳者の深町さんは彼を「悪魔の化身」としていますが、人は誰しもジェームズ・ハリスであり、彼がつけいる心の隙をもっているような気もします。

2022/10/06

『邪悪の家』

邪悪の家(ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

『邪悪の家』
アガサ・クリスティー
真崎義博 訳
ハヤカワ文庫

秋はミステリー!な気がするのでポアロシリーズ6番目。
『邪悪の家』は前に旧訳版を読んでいますが、犯人覚えてないので問題なし。
アガサ・クリスティーの小説にありがちですが、ラストになって犯人はAさん!と思ったら黒幕はBさん!じゃなくて実はCさんでした!みたいな怒涛の展開をするので、もう犯人誰でもいいやみたいな感じなんですよね。
今回も犯人より、表面的には仲のいい女友達が内心、相手をよく思っていなかったり、恋人ができたことを妬んでいたりする感じがリアルに怖かったです。
セント・ルーのマジェスティック・ホテルが実在するのかどうか知りませんが、海辺のリゾート地で休日を過ごしたり、ホテルにランチやお茶をしにくるという生活がよいです。

2022/09/28

『観光』

観光 (ハヤカワepi文庫)

『観光』
ラッタウット・ラープチャルーンサップ
古屋美登里 訳
ハヤカワepi文庫

著者の名前が何度見ても覚えられない&発音できない、タイ文学。
タイ文学といっても著者はアメリカの大学で創作を学び、英語で執筆しているタイ系アメリカ人。
観光客に対する軽蔑と憧れ(飼っているブタの名前がクリント・イーストウッド!)、クジ引きで徴兵が決まる抽選会(でも金持ちは付け届けをすれば逃れられる)、難民との確執など、タイ出身だからこそ書ける視点もありますが、貧しさとともに生きていく強さなど、ルシア・ベルリンやヘミングウェイのような雰囲気も感じます。
注目のアジア系若手作家なのだが、訳者あとがきによると、2010年の時点で著者とは連絡がとれず、執筆をつづけているのかも不明だそうだ。
(あとがきに出てくる紀伊國屋で開催された「ワールド文学カップ」覚えてる!)

よくみるとブタちゃん(こいつがイーストウッド)が泳いでいる表紙。