2023/01/05

『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』

独ソ戦 絶滅戦争の惨禍 (岩波新書)

『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』
大木 毅
岩波新書

『戦争は女の顔をしていない』で独ソ戦についてあまりにも知らなすぎだったので、こちらを読んでみました。
2020年新書大賞。ウクライナ侵攻でも関連書として注目されました。
第二次世界大戦における私のソ連のイメージといえば、「ソ連の参戦前に決着をつけたかったアメリカが日本に対し原爆をもちいた」という部分ぐらいしか知らず、終結直前に参戦したもののように考えていました。(この場合の「参戦」は対日本の太平洋戦線ということですよね。)
ヨーロッパ戦線においてもパリやベルリンを解放したのはアメリカを中心とする連合国軍みたいに思っていました。
ドイツの「世界観戦争」、ソ連の「作戦術」はこの本の肝となる部分ですが、前提となる私の知識が貧弱すぎてよく理解できず。
『戦争は女の顔をしていない』で女性たちが自ら進んで従軍したいったあたりの熱意、最初の頃には軍備もなにもかもが足りなかったという話、食糧不足による深刻な飢え、パルチザンあたりの背景はざっと理解できました。
『悪童日記』(ハンガリーが舞台)では、占領しているドイツ兵、解放するパルチザン、どちらが悪でどちらが善かわからないんですが、このときの歴史的状況というのもやっとなんとなく理解。
ドイツにしてもソ連にしても、これほど大規模な戦争を戦う軍事力も政治力も持ちあわせていないままに戦争に突入し、泥沼化していったということ。
スターリングラード攻防戦、両軍が戦地で行なった蛮行などはさすがに聞いたことがありましたが、こちらも背景をやっと理解したというところでしょうか。
ウクライナ侵攻がもうすぐ一年になるので、まだ戦争は過去の話ではないという気がします。

2023/01/02

『シンプルな情熱』

シンプルな情熱 (Hayakawa Novels)

『シンプルな情熱』
アニー・エルノー
堀 茂樹 訳
早川書房

先ごろノーベル文学賞を受賞したアニー・エルノーの1992年の作品。断捨離していたら出てきました。1993年の初版本。
妻帯者である男性との恋を文字通りシンプルにかつ情熱的につづった小説というよりエッセイや独白に近い作品。
たしか女性誌かなんかで紹介されていて買ったんだと記憶。表紙の写真や、帯に「翻訳権独占🖤早川書房」とハートマークが入っているあたり、扇情的に売っていこうとする感じがあります。
当時は初邦訳本だったのでアニー・エルノーという作家についてはまったく知らず、ましてや30年後にノーベル文学作家になるとは思いませんでしたが、知性も社会的地位もある女性がほとんど盲目的に、愚かといってもいいほどの情熱で恋をしていることを率直に書いていることに驚きました。
彼を待つためだけに服を選び、テーブルの準備をし、成人している息子たちには恋人がくるときは家に来ないように言うあたりをなんとなく覚えていました。
当時、著者は30代くらいだと思っていたんですが、告白どおりだとすると、彼女が恋愛をしていた時期は51歳。相手の男性は37歳。さすがフランス女性。妻帯者との恋なのに、本人も相手もそれほど罪悪感がなさそうなのもお国柄でしょうか。
女性誌を開けば星占いを見てしまったり、海外に行っても男に絵葉書を送ることだけを考えてしまうという恋。やってることは若い女の子のようですが、さすがにインテリなのでそんな自分を客観的に見つめて冷静に分析している文体はどこまでも知的。
どちらかというと彼と別れたあと、忘れようと苦しい日々を送っている後半に昔の私は共感したことを思い出しました。



2022/12/28

『すべての月、すべての年』

すべての月、すべての年 ルシア・ベルリン作品集

『すべての月、すべての年 ルシア・ベルリン作品集』
ルシア・ベルリン
岸本佐知子 訳
講談社

『掃除婦のための手引き書』のルシア・ベルリン短編集。
もともと43篇を収録した『A Manual for Cleaning Women』から選択されたのが先の『掃除婦のための手引き書』で、残り19篇が『すべての月、すべての年』として、日本では2冊に分けられて刊行された模様。
まあ、全部そのまま出版するには長いですからね。『掃除婦のための手引き書』のヒットを受けて残りも邦訳されたというところでしょうか。

『掃除婦のための手引き書』がそうであったように、短編集といってもそれぞれの話はどこかで重なっていたり、全部がルシア・ベルリンの人生を反映するものであったり。

ガンで余命一年と宣告された妹のサリー、自殺未遂を繰り返した母親あたりの話は『掃除婦のための手引き書』にも出てきたけれど、同じモチーフをまた別の視点で書いている。
主人公がアル中だったり、シングルマザーだったり、病院や学校で働いているのも彼女の人生からの引用だろう。

貧しかったり、人種差別をされていたり、病気を抱えていたり、孤独だったり、基本的に登場人物たちは過酷な人生を生きているのだけれど、ルシア・ベルリンのバイタリティなのか、どの話にも暗さがなく、諦めとも違う肯定感のようなものがある。これが人生であり、私はこうして生きてきたというような強さ。

もちろんすべてが実体験そのままではないだろうけれど、息子の友人と恋仲になってしまったり、旅先の漁師の家に転がり込んでしまったり、彼女ならさもやってそうだなという気がしてしまう。


2022/12/20

『北条政子』

北条政子 (文春文庫 な 2-55)

『北条政子』
永井路子
文春文庫

『鎌倉殿』ロスに供えて読み始めました。
1979年の大河ドラマ『草燃える』は、この『北条政子』(1969年刊行)と『炎環』(1964年刊行)が原作。

中学生の頃に一度読んでいるんですが、嵐の中、政子が頼朝の元へ走っていくのが冒頭と記憶していたらちょっと違いました。

そのほか、実朝が造らせた船が海辺で朽ちてゆき、泣き声が聞こえると人々が怯えるんですが、実は公暁と駒若がイチャつく声だったという場面が印象に残っています。
(竹宮惠子が少年愛というジャンルは確立していましたが、BLシーンはまだめずらしく、中学生だったので衝撃的でした。)

あとはほとんど覚えておらず、行き遅れの政子が「体をもてあます」とか、頼朝との逢瀬とか、あー、そうかこのへんが苦手で、その後、時代小説へと向かわなかったんだと思い出しました。
(時代小説ってなぜお色気場面がお約束なの?)

全体的に政子は気が強いけれど、悪女ではなく、時代の中で政治に巻き込まれてしまった孤独な女性として描かれています。
比企討伐が息子頼家を若狭局に取られた政子の嫉妬を契機としているように、女を強調しすぎてる感はありますが、書かれた時代的にはしょうがないのかも。

宗時兄にブラコン気味だったり、四郎義時は無口で愛想がないと書かれていたり、『鎌倉殿』とのキャラクターの違いとか、事件をどう描くのか比較しながら読むのがおもしろかったです。
実朝暗殺の黒幕が三浦義村となっているのは当時としてはわりと斬新な解釈だったのではないでしょうか。

承久の乱の政子の演説ではなく、実朝暗殺までで終わっているので、政子の孤独が際立つラストだなと思います。

※追記
2023年1月27日、永井路子さんお亡くなりになったと報道がありました。
『北条政子』が『草燃える』がなかったら『鎌倉殿の13人』はおそらくなかった。
あらためてすごい作家だったのだなと思います。

2022/12/08

『実朝の歌 金槐和歌集訳注』

実朝の歌―金槐和歌集訳注

『実朝の歌 金槐和歌集訳注』
今関敏子
青簡舎

『鎌倉殿の13人』第39話は同性愛を描いたことが話題になりましたが、私的には恋心や失恋を伝えることのできる和歌の表現力、実朝の和歌のすばらしさをわかりやすく描いたことがうまいなと思いました。
実朝の歌でおそらく一番有名なのは百人一首に選ばれている
世の中は常にもがもな渚漕ぐ
海人の小舟の綱手かなしも
だと思いますが、あらためて聞いてみると、日常のなにげない風景を見て、こんな穏やかな日々が続いてほしいと願う、素朴でいい歌だなと思います。(鎌倉殿である実朝が庶民の日常を見ているところも良いですね)
『金槐和歌集』に収録されているのは663首。この本では現代語訳と参考となる他の和歌が紹介されていて、これもおもしろいんですが、全部ちゃんと読んでいると時間がかかってなかなか進まないのと、元の和歌だけをそのまま読んだほうが素直に理解できる感じがしたので後半は和歌部分のみを読み進めました。
和歌の歴史はほとんどわかりませんが、実朝の和歌はおそらく万葉集とかに近い、素朴で力強いものが多い気がします。
四季を歌ったもののなかには、本歌取りというか、ほとんどパクりじゃないのみたいに後鳥羽院の影響を受けているものとか、(和歌ってそういうものらしいけれど)行ったことのない京とか吉野の地名が出てくる雅な感じのものもありますが、圧倒的に後半の「雑」に分類されている歌のほうが良い。
『鎌倉殿』では失恋の歌として使われていましたが
大海の磯もとどろに寄する波
破れて砕けて裂けて散るかも
とか、後半のリズムが波音のような激しさがあって力強いですよね。
800年前に書かれた歌が今も通じるって日本語ってすごい。ここらへんの時代の和歌をもう少し読んでみたい気持ちになりました。

2022/11/18

『ポリアンナの青春』

ポリアンナの青春 (岩波少年文庫)

『ポリアンナの青春』
エリナー・ポーター
訳 谷口由美子
岩波少年文庫

『少女ポリアンナ』の続編。原題は『POLLYANNA GROWS UP』。
前半はポリアンナ in ボストン。コモンウェルス街とかボストン公立公園の描写が素敵でボストンはいつか行ってみたい。
「あたしは、公園にいられて、それ以外にすることがなかったら、どんなにいいかと思うわ。」
後半は6年後、ポリアンナ20歳。
みんながみんな自分の好きな人は別の人が好きと勘違いしているあたり、ほとんどラブコメディ。エリナー・ポーターは恋愛小説も書いていたそうなのですが、いろいろ無理やりハッピーエンド。
貧富の差や若い女性の労働問題などが出てくるのは当時の社会情勢によるものでしょうか。
後半も含めて『喜ぶゲーム』の限界というか、ゲームでは解決できない問題も提示されています。
ポリーおばさんの言う「もっと悪いことがあるかもしれない(それよりは私は幸せ)、という考え方は気に入らない」と言うのも真理。というか、ポリーおばさんも幸せにしてあげて。
「美人じゃないって?」
「あるわけないわ。鏡を見ればわかるじゃないの。」
「ねえ、ポリアンナ、きみは自分がしゃべっているときの顔を、鏡で見たことがあるかい?」

2022/11/16

『少年が来る』

少年が来る (新しい韓国の文学)

『少年が来る』
ハン・ガン
井手俊作 訳
クオン

梨泰院の事件のあと、そういえばまだこれを読んでいなかったと手にとってみました。
1980年に起きた光州事件をテーマにした小説、なのだがノンフィクション以上に生々しい。死者となった少年、生き残った少女、章ごとに変わる人物たちとともに、事件とその後を追体験しているような感じ。
韓国文学の翻訳者として知られる斎藤真理子さんが『少年が来る』の読書体験を水泳に例えていたけれど、深いところに潜っていくような息苦しさがあります。
ハン・ガンの文章は残虐な場面でも静かで、ときに美しくもあるのだけれど、引き込まれると同時に、またあそこまで潜って行かなければいけないのかと思うと一日一章ずつしか読み進むことができませんでした。読んだあとも水面に顔を出して呼吸ができるようになるまでに時間がかかる。
辛いけれどここまでの読書体験を与えてくれる文学はなかなかないので、これを味わうためだけにでも読む価値のある一冊。
光州事件については名前こそ聞いたことがあったものの、詳細についてはまったく知らず。知らなかったことにもショックを受けました。
40年前はたしかに過去ですが、1980年といえば、日本では松田聖子がデビューした年で、決して昔というほど昔ではない。天安門並みの事件が隣の国で起こっていたのにそれをまったく知らなかったこと、韓国国内でも1987年まで事件について語ることができなかったこと、それからまだ40年しか経っていないということ。
現在は日本よりもファッショナブルで、キラキラなイメージさえある韓国ですが、日本の戦後50年間くらいを韓国は10年ほどで一気に変化したようなところがあり、そのアンバランスさや歪みみたいなものを時々感じます。
梨泰院のような事件は日本でも起こる可能性があるのですが、どこかその歪みから生じているような気がしてしまうのです。
前田エマさんの書評でBTSの『Ma City』に光州事件について歌っている部分があると知りました。韓国の若者たちは光州事件を背負って生きているのだなと。

https://note.com/cuon_cuon/n/n3d5e6e37e5b6