2022/07/09

『なかなか暮れない夏の夕暮れ』

なかなか暮れない夏の夕暮れ (ハルキ文庫)

『なかなか暮れない夏の夕暮れ』
江國香織
ハルキ文庫

毎年、日が長くなってきた夏の初めにタイトルを思い出し、この時期に読もうと思いながら、タイミングを逃していましたが、今年は間に合いました。
50歳の稔をはじめ、小学生の娘や二十代のシングルマザーも出てくるけれど、中心となるのはみないい歳をした男たち女たち。不惑もとっくに過ぎているのにふらふらと大人になれない、あるいはそれが大人なのか、タイトルの「なかなか暮れない」は人生も後半の彼らをさしているものでもあるようです。
「江國香織の登場人物は働いてない感じがよい」と誰かがどこかで書いていたのですが、この小説の稔も、資産家で特定の仕事をしておらず、家でのんびり本を読んでいる。うらやましい生活だ。
稔が読んでいる北欧ミステリーだの、カリブが舞台の小説だのが文章中に挟まれているのですが(こういうのなんていうの?「劇中劇」じゃなくて「作中作」?)、これが見事なまでに陳腐な文章とストーリー展開。もちろん江國香織はわざとやっている。読んでいるのがトルストイとかじゃないのもまた良し。

小説の人物を真似して赤ワインを飲みながら本を読む稔くん。赤ワインとはいきませんが、適当に何かつまみながらダラダラと読み進めるテンポがこの小説にはちょうどいい。
あまつさえ時間と金のありあまっている稔は小説に出てくる料理を再現するために日本では珍しいバナナを取り寄せてみたりする。
稔が子供のころ「寺村輝夫を読んだときにも、毎日オムレツばっかり作ってた」というセリフが出てくるのだが、寺村輝夫で調べたら『こまったさん』シリーズとかもあるけれど『おしゃべりなたまごやき』の人でした。
娘の波十ちゃんが読んでいるのがアリソン・アトリーの『西風のくれた鍵』なのもよい。
中年の恋愛ものは苦手なので、登場人物たちがとくに恋に落ちるわけでもなく、なんとなく関わりあってる感じとか、事件が起きるわけでもなく過ぎてゆく日々がまさに『なかなか暮れない夏の夕暮れ』らしくて心地良い読後感でした。

2022/06/21

『おちゃめなふたご』

おちゃめなふたご (ポプラポケット文庫 412-1)

『おちゃめなふたご』
エニド・ブライトン
訳 佐伯紀美子
ポプラポケット文庫

パブリック・スクールブーム続行中。
本当は『トム・ブラウンの学校生活』が読みたかったのですが、絶版で図書館にもなかったので、エニド・ブライトンものを。
全寮制女子校クレア学院に通う双子の物語。
原書の出版が1941年。日本語訳が1982年。
1991年にアニメ化されているそうですが、まったく知らずにいました。
『おちゃめなふたご』というタイトル、田村セツコによるイラストがもうおちゃめ。1982年当時だと、少女マンガっぽい表紙だと思うけど、今見るとレトロかわいい。
ふたごちゃんがなかなか性格悪くて、先生に反抗したり、上級生に楯突いたりしながら、だんだん学校に馴染んでいくのがおもしろいです。
先生へのいじめとか、盗難事件とか、なんでも正義感や友情で乗り越えちゃうのはユルいな〜と思いますが、そこがこの物語の良いところでもあるかも。子供のころに読みたかった!
おこづかいが少なくてケチだと思われたくなくて盗みを働く少女とか、貧しい生まれだったけどお金持ちになり、出自を知られたくなくてお嬢様のふりをする女の子とか、階級社会も垣間見えます。
下級生が上級生の言うことを聞く「ファギング」制度も出てきて、ふたごが最初はこれに反発しつつも受け入れていくあたり、当時はそれなりに意味があると考えられていたんでしょうね。(現在では廃止されている。)
岩波新書『パブリック・スクール』の著者、新井潤美さんは「イーニッド・ブライトン」ものに憧れてイギリスの女子校に入学。同級生たちも同じようにイーニッド・ブライトンものを読んでおり、「小説とはだいぶ違う」と言いながらも学園生活を楽しんだと書いてました。
真夜中のパーティはやりたいよね。
「そうだ、真夜中のパーティをしましょうよ。どうしてだか夜中にこっそり食べると、なんでも特別においしいのよ。」

2022/06/12

『アナザー・カントリー』



パブリック・スクールシリーズ総仕上げ的に。
有名な映画ですが見るのは初めて。
1983年公開で、舞台になっているのは1930年代のイートン校。イートンは撮影不可だったらしく(内容的にそうだろうね)、メインのロケ地はオックスフォード。

字幕の訳がわかりにくいけど、「幹事」がいわゆる「監督生 prefect」。その上に自治会の「代表」、通称「God」のメンバーがいる。
代表だけがカラーベストを着用できて、代表になりたいベネットがベストを用意していたりするのがなんとも。

コリン・ファースのスクリーンデビュー作だそうで若い! 個人的には『ブリジット・ジョーンズの日記』あたりのほうがかっこいいと思う。
主演のルパート・エヴェレットはこの後、ゲイであることをカミングアウトした影響でしばらく仕事がなかったとか。
(『ベスト・フレンズ・ウェディング』でジュリア・ロバーツの友人を好演して復活。この映画見て、ゲイの友達欲しいと思った女子は多いはず。彼が『I Say a Little Prayer』歌うシーンとラストのダンスシーンは名場面。)

私は腐女子成分少なめなので「耽美〜」というよりは学内の権力争いとか、パブリック・スクールの負の部分を描いているところがおもしろかったです。『美しき英国パブリック・スクール』でも「軍隊みたいで学校が好きじゃなかった」という卒業生の言葉が紹介されてましたが、全寮制男子校って美しいよりも厳しいことや辛いことも多いはず。

2022/06/11

『美しき英国パブリック・スクール』

美しき英国パブリック・スクール

『美しき英国パブリック・スクール』
石井理恵子
太田出版

英国パブリック・スクールへようこそ!

『英国パブリック・スクールへようこそ!』
石井理恵子
新紀元社

岩波新書『パブリック・スクール』では歴史的なこと、文化的影響はわかったものの、実際のパブリック・スクールはどうなのというところがよくわからなかったので、こちらを併読。
どちらもミーハー全開の表紙で違いがわかりにくいですが、『美しき』のほうは写真と取材、インタビューなどでパブリック・スクール6校を紹介したもの。学校提供のものが多いですが、写真が豊富で図書館、聖堂、回廊などクラシックな建物が楽しめます。
『ようこそ!』のほうは授業内容、規則、制服、イベントなど、もう少し突っ込んだまとめになっています。
そもそもイギリスの学校制度が日本と全然違っていて、公立と私立では入学のタイミングも違う。
パブリック・スクールに入学するためには、まず10歳くらいでプレップ・スクールに入学。その後、試験を受けて13歳で入学というのがおもなプロセス。学校によってはラテン語やフランス語の勉強も必要。
入学金約3000ポンド、一学期の学費が12000ポンド。一年目の学費だけで軽く500万円を超える。奨学生であれば学費が一部免除されるが、全額免除されるのは非常に優秀な生徒のみ。
結果的にパブリック・スクールに通うことのできるのは金銭的に余裕のある子弟、もしくは非常に優秀な子になるわけです。
イギリスの公立校は学校によって差があり、いい学校に通うために引越しをするとか、富裕層に囲まれる世間知らずにはなってほしくないという理由からあえてパブリック・スクールではなく公立を選択する話などがでていました。
『アナザー・カントリー』でパブリック・スクールに興味をもったという著者らしく、「校内で同性のカップルはいますか」なんて質問をしているのが笑えます(まあ、でもそこ聞きたい層はいるよね)。
学校取材自体が難しくなっているということもあり、卒業生や在校生の親などから聞いた話が多いようで「〜もあるそうです」「〜のようです」みたいな伝聞調語尾の文章が気になるところですが、日本からの取材はこれが限界という感じがします。
寮によってネクタイのカラーが違うだけでなく、優秀な生徒だけが着ることを許されるブレザーがあったり、ヒエラルキー。
卒業生のインタビューにあった「スポーツも音楽もアートももちろん大事ではあるけど、それ以上に勉強ができなくてはならない。勉強もできないのに何故ここにいる?みたいに見られてしまう。」「卒業する頃には全員が自信に満ちあふれています。勝ち組になるための野心と積極性を身につけています。ここは基本そういうことを教える学校だから。」という台詞がパブリック・スクールの本質を語っていると思います。
ザ・ナイン
⁡シュールズベリー・スクール
ラグビー・スクール
マーチャント・テイラーズ・スクール
ハロウ・スクール
ウェストミンスター・スクール
セント・ポールズ・スクール
チャーターハウス・スクール
ウィンチェスター・カレッジ
イートン・カレッジ

2022/06/04

『パブリック・スクール』

パブリック・スクール――イギリス的紳士・淑女のつくられかた (岩波新書)

『パブリック・スクール
イギリス的紳士・淑女のつくられかた』
新井潤美
岩波新書

「パブリック・スクールは好きですかー?」
「おー!」
といっても私のパブリック・スクールのイメージは、ウィリアム王子やハリー王子、エディ・レッドメインの通ったイートン校であり、『ハリー・ポッター』のホグワーツだったりするので、こちらを読んでみました。
イギリスにおけるパブリック・スクール成立の歴史と、小説、映画などに見られるイメージの変遷を中心に解説されています。
驚くのは階級と教育が分かち難くむすびついているところ。パブリック・スクールはアッパー・クラスおよびアッパー・ミドル・クラスの子弟が通うものであり、ロウアー・ミドル・クラスやワーキング・クラスの子供たちはグラマー・スクールに通う。
アッパー・ミドル・クラスとロウアー・ミドル・クラスは同じ「ミドル・クラス」でもまったく違う階級。
パブリック・スクールの「パブリック」は公立ではなく、私塾や家庭教師の「プライベート」に対する「パブリック」。
理想的な教育の場としてのパブリック・スクールのイメージは「学校物語」を通してイギリス文化となり、ワーキング・クラスの子供たちにとっても憧れの対象となり、彼らの通うグラマー・スクールもパブリック・スクール的なものを模倣していく。
こうやってみていくと、実際のパブリック・スクール以上に、そのイメージの文化的影響が大きい気がします。
たとえば日本では『キャンディ・キャンディ』にロンドンの寄宿学校、聖ポール学院が登場しますが、これなんかもパブリック・スクールのイメージ(モデルかどうかはわかりませんが実際にセント・ポールズ・スクールというパブリック・スクールがあります)。
最近だと『SPY×FAMILY』のイーデン校はまんまイートン校の外観ですし、イートン校の優秀な生徒たち「キングズスカラー」のパロが「インペリアルスカラー」。
ちなみにAmazonで「パブリック・スクール」で書籍検索すると当然のようにBLものが並びます。まあ、そうだよね。
以下、まとめ。
579年、カンタベリーにキングズ・スクール開校
教会に併設され、グラマー・スクールと呼ばれるラテン語の教育をする役割
1382年、ウィンチェスター・コレッジ創立
国の政治を司る聖職者に良質の教育を与える目的
1440年 イートン・コレッジ創立
16世紀 グラマー・スクール創立の黄金時代
1561年 マーチャント・テイラーズ・スクール
1567年 ラグビー・スクール
1572年 ハロウ・スクール
事業に成功して富を得たミドル・クラスの人々が、自分のように成功する機会を貧しい少年に与えるために開かれた。
18世紀の終わりごろには、学費を払う生徒によって経営が成り立つようになり、慈善的な要素がほとんどなくなる。
アッパー・クラスの子弟を多く受け入れ、名が知られるようになったグラマー・スクールを、個人の私塾と区別するために「パブリック・スクール」と呼ぶようになった。
パブリック・スクールの「パブリック」とは、個人の家での教育(プライベート)との対比で使われた。
19世紀ごろでは、紳士の教育として私塾(private education)とパブリック・スクール(public education)のどちらがよいかということが論争の的になっていた。
ファギング(fagging)制度
下級生が上級生について、その身の回りの世話をしたり、使い走りをする代わりに、上級生の庇護下におかれる。
ラグビー・スクールの校長トマス・アーノルドによるパブリック・スクールの改革
学校長協会の設立
1857年『トム・ブラウンの学校生活』
「学校物語」により理想化されたパブリック・スクールのイメージが広まる。
1944年 公立の中高等学校制度が整備
1976年 公立のグラマー・スクール廃止、コンプリヘンシヴ・スクールに移行

2022/05/25

『平家物語』

平家物語
『平家物語』
長野甞一

『鎌倉殿の13人』を毎週泣きながら見ている私ですが、『鎌倉殿』は北条側の視点から書かれた『吾妻鏡』がベースなので、『平家物語』で知られているエピソードなどは出てこないことも多く、こちらを読み直してみました。
『平家物語』の現代語訳はたくさんあるのですが、長野甞一による現代語訳はわかりやすくコンパクトにまとめられていて、昔、受験対策用に買ったものがおもしろかったのでずっと手元に残していました。ところが、今回、見つけられず、結局、図書館で借りたという…。
(紙の本は絶版になっていますが、デジタル版が発売されています。)
あらためて読んでみると、『平家物語』は滅びの美学ですよね。
殺した若武者が笛を持っていることに気がつき、今朝方、聞こえてきた美しい笛の音はこの少年が奏でていたのかと涙する場面とか。
那須与一で有名な扇の的も昔はなんで戦場で扇?と思ったけど、敵と味方が並ぶ真ん中に美女の乗った船が現れるとか、水面に舞い落ちる扇とか、平家側の雅さがあって美しいです。
大音声で名乗りをあげ、これまでと思えば潔く自刃する、この頃の死生観はどんな感じだったのか。
ちなみに、著者が解説で書いていた「息子が生まれたら長野太郎義宗とつけたかった」という話がとても好きでした。九郎義経とか小四郎義時とか、和風ミドルネーム、いいよね。
同じく解説にある『平家物語』後日談、建礼門院の物語も読んでみたいです。
「われこそは朝日将軍源義仲だ。われと思わん者どもは、義仲を討って頼朝に見せよや」



2022/05/17

『ロリータ』

ロリータ (新潮文庫)

『ロリータ』
ウラジーミル・ナボコフ
訳 若島正
新潮文庫

『テヘランでロリータを読む』『わたしが先生の「ロリータ」だったころ』を読みたいと思ったのですが、そもそも『ロリータ』を読んだことないじゃん、ということで読んでみました。
前半は主人公ハンバートが語る幼女の魅力とか、ロリータに警戒されることなく、いかに彼女に近づくかといった話が延々と続き、ただもう気持ち悪い。
彼のいうところの「ニンフェット」とは、9歳から14歳で、2倍以上の年上の相手に対してのみ、悪魔的な魅力を発揮する少女のこと。
出会ったとき、ロリータは12歳、ハンバートは37歳。この年齢差で恋愛が成り立つとはやはりありえず、ロリータが早熟な少女だとしても二人の関係は児童虐待に思えます。
『テヘランでロリータを読む』では、イスラム世界では幼い少女が年上の男性に嫁がされる現状が指摘されていて、ハッとしました。
『ロリータ』自体はハンバートの視点で書かれているので、奔放な少女に振り回されている哀れな中年男性の話に見えますが、『テヘランで〜』の視点から読むと、子供時代を奪われたロリータの悲鳴のようなものも感じられます。
プルースト、ポー、ジェイムズ・ジョイスからの引用や言葉遊びを多用した文章は非常に読みにくく(そもそも元ネタを知らないのでひねってあってもおもしろくもなんともない)、訳者の若島さんはナボコフの研究者でもあるようですが、詳細な訳注の「ハンバートはなぜそうしたのか、考えてみること」といった上から目線にちょっと引きます。
後半、ハンバートが苦しみだしてからやっと話がおもしろくなってくるんですが、冒頭から伏線がめちゃくちゃ引かれているので、残り3分の1くらいになってから前半をちょこちょこ読み直しました。スラップスティックな終盤は戸惑うところですが、ここでのハンバートの後悔が一番の読みどころ。
読了してみると全体的には読み応えのある作品だったと思うのですが、「ロリータ」という言葉自体が作品から離れて一人歩きしており、日本における「ロリコン」とか「ロリータ・ファッション」などはまた別に考えてみたいところです。